なにをのこすか
2024.08.12 00:00
7月末、久しぶりに能登半島を訪れた。前に足を運んだのは地震からちょうど1カ月がたった2月。その時は金沢駅前のホテルはテレビ局や自衛隊、つなぎ姿の自治体から派遣された支援部隊で満員。能登半島全域でまだ水道はほとんど復旧しておらず、道路はあちこちで寸断。日帰りで行けたのは能登半島中心の能登空港のある穴水まで。列車の来ない穴水駅前の仮設トイレに長蛇の列ができていた。すれ違うのは日本全国から派遣されたパトカーや消防車ばかり。黒い能登瓦の屋根がそのままだるま落としのように建物を押しつぶした状態の家屋が並ぶ凄惨な光景を見ながら、美しい能登の風景や海山の恵みを思い出し、復興が長期戦になることを覚悟しただけで引き返した。
今回は金沢と能登を結ぶ大動脈、のと里山海道が全通したこともあり、金沢から輪島まで約2時間半。前よりかなり早くアプローチできるようになった。しかし全通といっても車線そのものが崩落した部分などはそのままに仮設の1車線通行を可能にした箇所がほとんど。橋という橋が地震で隆起したままで渡るたびにジェットコースターのように車が波打つ。被害の大きかった輪島市や珠洲市は能登半島の北と東の端。それでもとにかく道路を通さないことには何も始まらないという関係者の決意を強く感じた。
輪島はあの時から時間が止まっているかのようだ。真横に倒れた輪島塗五島屋さんのビルも、爆撃にでもあったかのようにすべてが焼き尽くされた朝市通りも、だいぶ前にテレビで見た光景と同じ。「これでもかなり片付いたほうなんですよ」。案内いただいた現地の方はそう言っていたが、鉄骨だけがむき出しになったビルに焼け焦げた車、崩れたままの家や商店のがれきは半年以上たってもそのままに、梅雨明け間近のぎらつく太陽に照らされながら無言で何かを訴えかけている。公費解体の進捗率はわずか6%ほど。そういえば重機の稼働もボランティアの姿もほとんど見ることはなかった。すでにこの辺りに住む人はほとんどおらず、時折片付けをする人に出会うだけだ。
人口減少と高齢化が加速している地域を襲った未曽有の地震。かつて北前船など海を通じて日本の各地とつながっていた豊かな地域が崩壊していく。都心を中心としたネットワークは新幹線と高速道路でハブアンドスポークのように日本全土を網羅したように見えて、能登のような半島の奥地との距離感はさほど縮まってはいない。町が再生し人々が生活の糧を得て再びそこに住むことができるのか。目を背けるわけにはいかない日本の課題を先取りした光景を前にしてあらためて思う。広域にすべての地域を発展させることが難しい時代に突入しているはずの日本。そこでわれわれは後代に何(なに)を残(のこ)していくのかを問われているのは間違いない。
世界農業遺産の白米千枚田。一般の車両が入れるのはいまもここまで。穏やかに青く光る海とキラキラ輝く稲穂が美しく揺れる。ちょうど半分だけ水耕を再開したのだという。能登の観光の一大拠点である和倉温泉はまだ一般客を受け入れる状況にはほど遠いが、建て替えのプランが整い未来に向け動き始めた旅館も出てきた。能登島の水族館も営業を再開した。その辺りは最近イルカが「定住」していてかなりの確率で見ることができるのだという。
金沢駅へと戻ると内外の観光客で大混雑。そのあまりの差にあらためて驚く。能登もどこかで夏は少し旅を楽しむ人々の歓声が聞こえるかもしれない。でもかつての姿を取り戻すには相当な時間がかかる。そもそもかつての姿を取り戻すことだけでいいのだろうかとも思う。
高橋敦司●JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。
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