フェーズフリー

2024.07.22 08:00

 道路、空港、交通、電気、通信、上下水道といった社会インフラを使って交流人口を増やし、収益を生んでいるのが観光産業だ。少子高齢化、過疎化、人材不足により路線バスやタクシーなど公共交通の減便や供給不足が問題になるが、国土の隅々まで道路が整備され、水道・電気、通信サービスが行き届いているのは国際的にも珍しい。観光による地方創生を目指すわが国にとって、この先も健全な社会インフラの維持管理は不可欠である。

 豪雨災害の激震化や地震の頻発化などは、観光産業にも大きな影響をもたらしている。ひとたび災害が起きると発災直後の安否確認、救命救急や避難誘導などの対応にはじまり、その後の復旧・復興、ケースによってはさまざまな風評被害が終息するまでの間、観光需要そのものが大きく落ち込む。

 一方、観光産業は復旧作業関係者や二次避難者の受け入れ、供食や輸送手段の確保・手配などで復旧・復興に貢献するとともに事業の継続を果たしている。実際、コロナ禍でワクチン接種会場や要員の手配、隔離療養となった人の滞在場所の提供、輸送手段の確保などを担った。能登半島地震でも二次避難者の受け入れ場所の提供や移動手配などで旅行会社・宿泊施設の果たした役割は大きい。

 これまで観光産業は日常の経済活動と非常時の行動を分け、いざという時のために備えと訓練によって切り替えを行ってきた。これに対し災害は常時起こりうることを前提に日常時と非常時の垣根をなくし、普段利用している商品やサービスが非常時に極力そのまま活用できるようにデザインするフェーズフリーという考え方がある。

 06年に米連邦緊急事態管理庁(FEMA)が災害対応の循環サイクルとして示し、その後さまざまな議論を経て14年に防災専門家・佐藤唯行氏により提唱された。現在、フェーズフリー協会で研究活動や事例紹介に加え認証制度を確立している。

 フェーズフリーは、①常活性(どのような状況でも利用できる)、②日常性(日常から使える、日常の感性に合っている)、③直観性(使い方、使用限界、利用限界が分かりやすい)、④触発性(気づき、意識、災害に対するイメージを生む)、⑤普及性(参加でき広めたりする)の5原則に定義される。

 フェーズフリーデザインを兼ね備える商品として認証されるのは、電源にもなるプラグインハイブリッド車、津波発生時に避難できるスロープと屋上公園を備えた道の駅、バーベキューコーナーや井戸を備えた公園、粉ミルクや米の計量に役立つ紙コップ、温めなくても食せるレトルトカレーなど広い分野にわたる。

 観光分野では、国際観光施設協会がフェーズフリー協会と研究を重ね、災害時に障害者や寝たきりの人を人力で移動させることができるベッドマット、あらゆる場面に対応したトレーラーハウス、非常時に避難ルートを表示する観光案内アプリなどさまざまなアイデアが出され、実用化されたものもあると聞く。

 平常から非常時へ、また逆の対応をできるだけスムーズに時間や労力をかけずにシフトできるようにするのが理想で、社会インフラを常時災害下にあるとみなしてデザインしていくことは一層重要になるだろう。

 国際観光施設協会は観光立国で災害が多い日本は災害弱者でもある観光客の命を守り安心・安全を目指すべきと訴えている。同感だ。観光産業全体でもフェーズフリーの概念を普及させるよう努力したい。

最明仁●日本観光振興協会理事長。JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。JNTOシドニー事務所、JR東日本訪日旅行手配センター所長。新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長等を経て23年6月より現職。

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