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ルーティン

2024年7月15日 8:00 AM

 近所の公園でラジオ体操に参加するようになった。正確には「復帰」。コロナ禍で外出も出張もままならぬ頃、唯一体を動かす機会がラジオ体操だった。そのうちすっかり日常が戻り、忙しさにかまけてサボっていたが、つい最近また行くようになりなんとか続いている。

 参加者の多くは私よりやや高齢の近所の方々。集まってきて、「おはようございます」と簡単なあいさつを交わすのは、体操の前の道路交通情報がラジオで伝えられている時。広々とした公園にはそれぞれ定位置があり、自主的にインストラクター役を務める方が円を描くように点在して左右逆に体操する。定位置にいつもの人がいないと気になる。久しぶりに復帰した私は「病気でもしてたんですか」と声をかけられた。

 このラジオ体操、昭和3(1928)年の昭和天皇即位の大礼を記念し国民保健体操として放送されたのが始まり。体操のフォーメーションは少し違ったらしいがその歴史の長さには恐れ入る。いまや全国各地で複数の公園が自主的な会場となり、多くの方々が集う朝の社交場と化している。朝6時半からわずか10分間、時間どおりに始まり時間どおりに終わる。日本で最も同時に行われるルーティンの1つだろう。

 スポーツ選手が験担ぎに何かをする。いつも決まった道を歩く。毎朝〇分発の電車の〇号車に乗る。人にはさまざまなルーティンがある。そのルーティンが崩れることは日々の生活のリズムを乱す。だとすると日常と非日常の境目はルーティンの有無なのかもしれない。旅は究極の非日常。自ら好んでルーティンを崩す分には楽しい時間なのに、人に崩されるとイライラが募る。ランニングを日課としている人は旅先でも走るだろうし、毎朝同じドリンクを飲んでいる人はそれを持参するだろう。

 美しい風景、その地ならではの食べ物、思いがけない出会い。こうしたものが旅のコンテンツとなる一方で人々のルーティンにまで寄り添うことは難しい。散歩の途中でガムを踏んでしまった時の何ともいえない不快感のように、人はちょっとしたことが楽しい体験すらもネガティブな気分に変えてしまう。サービス業の難しさがここにある。消費は心理学。タブレット端末ではこうした不快感はデータに現れないし、AI(人工知能)でもいまのところ解析は難しいだろう。

 11年ぶりにツーリズム産業の最前線で仕事をすることになった。これまで約10年、業界の外から見てきたツーリズムを取り巻く世界の環境は、とても大きく変化したように見える。加えてコロナ禍という変数がさらにその変化をダイナミックにした。旅する人々の気持ちも、行動も、それを受け入れる地域も、その地域の人々も。まずは内から見るツーリズムの世界がその変化にどう対応しているのかを見極めたい。何も見ていないうちにあれこれ言うのは避けたいが、直感では既視感の漂うニュースや話題が多いこと、プレイヤーにさほど変化がないことが気がかりだ。

 ルーティンとは言うまでもなくRouteが語源で、決められた行程で同じことを繰り返すというのが本来の意味。しかしそのルーティンには続けるべきものと変えるべきものがある。ツーリズム産業が当たり前と思ってやってきたルーティン。古い工場を延命し製品を変えただけでお茶を濁してはいないか。言葉遊びやテクニックに溺れてはいないか。法律やルールはいまの世の中にあっているか。そして何よりも旅はお客さまと旅先の地域を豊かにするものだという根本から離れていってはいないか。

 きっと改めるべきルーティンはたくさんある。できるものから改めてみよう。自戒を込めて。

高橋敦司●JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。