AIで変わる未来の旅行業

2024.07.01 08:00

 生成 AIが登場して急激な変化が起きている。日常の生活では目にすることが少ないので「少し先の未来だろう」と思いがちだが、明らかな社会の変化が加速している。私はチャットGPTが登場してから頭に浮かんだアイデアを入力し人工知能の回答を自分への問いかけとしてテニスの壁打ちのように利用してきた。今般発表されたチャットGPT4o(オムニ)はテキスト中心のAIから音声や画像などの機能が拡張され、処理スピードなどが目覚ましく改善された。

 観光業界はAIとの相性が良いとされ、すでに海外では数多くの活用事例がある。例えば、エクスペディアはAIアシスタントを導入し、AIの力で旅行の複雑な手続きを簡素化。一人一人の要求に個々に対応するコンシェルジュ機能を拡充させた。宿泊予約したホテル付近のレストランや交通機関の情報に加え、旅行中の天候の変化や計画の変更が必要な状況も監視し、その都度最適な代替案を提案するという。

 一方、空港では出入国の際の顔認証ゲート導入が進んでいる。AIカメラ映像の利用で観光客の滞留状況を数値化した混雑時間帯の予測により混雑回避に役立てる地域もある。米メタが発表した音声AI搭載メガネはテキストを翻訳してメガネに表示するので外国語のメニューもそのまま読める。見ている景色を動画データにして友人と共有することもできる。旅を取り巻く環境は大きく変化している。

 また、カナダ観光局は30年に向けた新しい観光戦略の1つとしてコレクティブ・インテリジェンスを発表。AIを活用することで一元管理されたカナダ全土5000以上のデスティネーションの観光データを公開し、観光事業者に提供するという。

 これから先の未来、旅行会社の仕事はどのように変化するのだろうか。上述のようなAIの進化と技術革新により、個人旅行の可能性がさらに広がり、消費者への直接販売の流れはより大きくなるだろう。当社はパッケージ旅行を中心に造成しているが、パッケージ旅行はなくなるのか、また旅行会社のカウンター業務は存続するのかと不安を感じる人も多いと思う。

 私はパッケージ旅行もカウンター業務も存続していくと考えている。ただし、その業務内容は大きく変化していくだろう。いままでとは違う社会の中では私たち自身のモデルチェンジが必要になる。AIにできない分野で旅行業で必要とされることを考え続ける必要があるだろう。

 人間の記憶や人との関係、感情などの分野は旅のビジネスに密接に関係しているが、AIには代替できない領域だ。例えば、ITテクノロジーによって一般化したレコメンド機能はAIによってさらに精度が上がる。レコメンド機能とは、例えばアマゾンで本を購入すると「あなたと同じような人はこの本も読んでいます」と推薦してくるサービス。しかし「あなたと同じような人」など実は存在しない。自分にとって他の人の体験や記憶データは参考になる部分はあっても必要ない情報も多い。AIからの推薦は1つの情報としては役に立つが、一生に一度の体験となる旅の選択には主体的な決定プロセスが実行後(旅行後)の満足感につながる。

 これからの旅行業は旅行という枠組みを超えてライフデザインという視点からAIにできない分野を考え続け、AIをうまく使いこなしてくことが肝要だ。究極的には感情のある面倒くさい人間と付き合えるのは感情のある人間だけである。バーチャルではない「実体験」を扱う旅行業は、カウンターで働く人や添乗する人など、より属人的なサービスを深めることで価値を高め非AI旅行業として進化していくのではないだろうか。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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