愛が伝わる追体験
2024.06.17 08:00
23年12月、まいまい京都でガイドを務める、城専門編集者の藪内さんから看過できない情報が寄せられた。なんと9年ぶりに大阪城の乾櫓(いぬいやぐら)が特別公開されるという。これはツアーを企画せねばなるまい。ガイドさんと事務局で、すぐさま企画を立ち上げた。それが「【大阪城】9年ぶり「乾櫓」公開!城専門編集者と、“難攻不落の巨城”攻略ツアー~小堀遠州が築いた城内最古の建築へ!千貫櫓から多聞櫓、三つの櫓を特別拝見~」だ。このツアーが実際にどのようなものだったか、レポートしたい。
朝9時、大阪城近くの天満橋駅に20人の参加者さんが集まってきた。老若男女、さまざまな顔ぶれ。ガイドさんが参加者に尋ねる。「大阪城が初めての方、おられますか?」。ちらほらと手が挙がる。ガイドさんと参加者さんの双方向コミュニケーションが大切だ。今日はお城好きだけでなく、お城初心者もいる。このコース、観光客が殺到する天守閣には登らず、櫓だけをひたすら巡る一見マニアックなもの。初めての方にも分かりやすくする工夫を考えながら大阪城へ。歩くこと数分、すぐに立派な石垣や堀が見えてきた。
櫓の公開は10時なのにまだ9時過ぎ。ガイドさんが立ち止まる。「この石垣のあの石に注目してください」。ひときわ大きな石を指さしながら、目立つ所に巨石を積んであることから何が読み解けるのか話し出す。石の積み方やサイズを見るだけで400年前のことがよみがえるのか。参加者は一気にガイドさんの話に引き込まれる。気づけば9時45分。真っ白なしっくいで塗られた櫓に見惚れているとガイドさんが叫ぶ。「あっ!いま櫓の格子窓が開きました!」。9年ぶりに窓が開いた決定的瞬間。参加者がこぞってカメラを構える。沸き立つ参加者にガイドさんは思わぬ言葉を投げる。
「窓が開いたということは、みなさん狙撃されているということです」。櫓は敵方の動きを監視する物見の役割をもつ。参加者が喜んで眺めていた窓は鉄砲や矢を放つ攻撃装置なのである。「私たちがうっとり眺めているこの城、本来は軍事基地なんですよね」。ガイドさんの言葉で参加者の見方が一変した瞬間だ。この瞬間がたまらない。
櫓の特別公開が始まれば、ガイドさんの「読み」が止まらない。この石は、この床は、この柱の跡は……。ふだんなら見過ごしそうなささやかな痕跡にまで目を留めてどんな意味が読み取れるか想像していく。たっぷり2時間半、ガイドさんの話を聞いていると、城の見張り番にも城主にも、城を攻める敵方の気分にもなれる。終わる頃にはすっかり城好きになっているから不思議なものだ。
ガイドさんの話を聞いていると愛が伝わってくる。案内というより推し自慢。こんなにすごい!こんなにおもしろい!と情熱がほとばしる。まいまいがいう「愛情の伝播」は日々こんな形で起きている。
以倉敬之●まいまい京都代表。高校中退後、バンドマン、吉本興業の子会社、イベント企画会社経営を経て、11年にまいまい京都を創業。NHK「ブラタモリ」清水編・御所編・鴨川編に出演した。共著に『あたらしい「路上」のつくり方』。京都モダン建築祭、神戸モダン建築祭、東京建築祭実行委員。
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