おしごとをしごとに
2024.06.17 08:00
応援広告というものがある。アイドルやアニメキャラクターなどの誕生日、新曲発表やライブ開催を祝うためにファン有志がお金を出し合って出す広告のこと。始まりは韓国。地下鉄の駅通路一面にこうした広告が出ているのを見た当社の社員が、きっと日本でもはやるはずとチームを組んで社内の新規事業コンテストに応募したのが3年前のこと。いまでは「Cheering AD(チアリング・アド)」のブランドで瞬く間にこの分野のトップランナーへと踊り出た。最近はX(旧ツイッター)などでどこに誰の応援広告が出ているというのを目にしない日はない。
一見簡単そうに見えるが実はハードルは数多くある。そもそも駅や電車内の広告は個人での出稿を認めていなかった。商品やサービスの宣伝ではない単なるメッセージを伝えることも禁止。タレントなどのビジュアルは事務所の許諾が必要でNGな事務所も多い。こうしたハードルを1つ1つクリアできたのは、そもそも当社が屋外広告やアニメなどコンテンツビジネスの知見が豊富にあったことも大きいが、それを上回る発案者チームの熱意がエンジンとなり、いまでは声優にバスケなどのプロスポーツやダンスチームと、さまざまな分野での「推し活」(自分が好きな人やものを応援すること)を支えるまでに成長した。
推し活の経済効果はすさまじい。15~69歳男女の約4割が推し活経験があり、その経験者のうち約3割が長距離移動を経験している。「聖地巡礼」「ファン同士で集まる」に加え、「応援広告を見に行く」までもが移動の目的となっている(当社「推し活・応援広告調査2023」)。応援広告を撮影してSNSにあげればそれが拡散し、新たなコミュニティーが広がっていく。
地方でのライブやプロスポーツのアウェー戦ともなれば相当な人が動く。これがいわゆる「推し事」。ただし地域でそこに目を向ける人は限定的で一部の人々の限られたイベントと捉えて冷淡に見ているケースも多い。「今日は何があるのだろう。人がやたら多いけど」といったレベルだと食べ物や飲み物は売り切れになり、飲食店はぴしゃりと戸を閉ざす。運営は一部の関係者ばかりが汗をかき、アクセス確保や渋滞、地域住民の苦情対応に頭を悩ませる。イベントが終わった翌日はまるで何もなかったかのようだ。
先日も山口での男性アイドルの花火大会で会場からの引き上げで道路が大渋滞し、多くの人が新幹線の最終に間に合わず、駅で夜を明かしたという。その報道からうかがえるのは主催者や運営の責任を問う話ばかりだ。千載一遇のチャンス。失敗すれば次はない。イベントの情報を地域で幅広く共有し、地域みんなで役割分担すればきっと結果は違っただろう。せっかく遠征しても地域との接点は無縁なまま折り返すのではもったいない。しかし実際には遠巻きに見ている人があまりにも多いのではないだろうか。
関係人口の構築は言い換えれば地域のファンをつくること。夏祭りや花火大会には毎年訪れるという熱狂的なファンがいる。こうした人々の数も経済効果も誰かが調査してくれない限り分からない。リピーターが高付加価値を生むのは自明だが、地域の観光地経営でリピーターのデータに触れる機会は少なく、せいぜい〇〇効果がいくらどまり。マイルを貯めるために飛行機に乗る、いわゆる赤組青組のマイラー移動もまさに「推し事」。それをきっかけにどう地域との縁をつくるか、地域そのものを推してもらえる人になってもらえるか。貴重なチャンスをみすみす逃してはいないだろうか。
推し活は幅広い世代で思わぬ価値を広げている。推し事(おしごと)を仕事(しごと)にしてみよう。
高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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