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生かすも殺すも

2024年3月11日 12:00 AM

 能登半島地震における報道で電気自動車(EV)が話題になっていた。自宅が健在であれば自家用の電気自動車を家庭用電源として使えたのではという意見だ。確かにEVに加えてV2H(Vehicle to Home)を導入すれば数日間は家庭の電力を賄える。宿泊施設など事業所でも事務所や冷蔵庫などに絞れば数日間の維持は可能だろう。

 私は初期型のEVを所有していたので、そのメリット・デメリットは理解しているつもりだ。メリットを享受できそうな人にはEVをお勧めするが、ライフスタイルに合わない人には確かに購入は難しい。いまでは多くの人が同様の知識を持っているだろう。

 しかし、世論のEVへの風当たりは逆に強くなっているように感じる。充電時間が長い、充電切れが恐い、むしろ環境に悪いなどのネガティブな意見は以前からあったが、いまではEVの事故や立ち往生、予定外のコストがかかったなどのニュースには必ず「それ見たことか」と言わんばかりの嘲笑コメントが並ぶ。特に外国製EVの品質や性能が悪いことをあげつらい溜飲を下げているような印象も強い。

 日本びいきは結構だが生理的嫌悪感にも近いトーンが増えていることには不安を感じる。例えば豪雪で道路が封鎖され長時間車内に閉じ込められるケースでは、冷静に考えれば中毒の心配なく数日間暖房が使えるEVの方が圧倒的に生存に有利だが、96%の人がガソリン車の方が安心と答えたアンケートもある。

 EV販売や投資の伸びが鈍化しているデータを基にEVは終わったと喜ぶ人もいるが現実的には逆だろう。当初各国政府はガソリン車の販売を制限したりEVの販売比率を法で定めたり、多額の購入補助金などで市場に過剰に介入してきた。その結果、市場が拡大し普及価格帯の大衆EVも売れ始めたので政府はアメもムチも必要なくなった。それを受け、メーカーも過度な投資を抑え、通常のマーケット志向の販売に移行するのは当然のことだ。

 今後世界の自動車市場でEVが100%になることはさすがにないだろうが、一定のシェアを持つのは確かだ。それが政策やインフラの変化により10%になるか90%なのか予測が立たないのが現状だ。日本車はハイブリッドで勝負すれば十分、トヨタは最後に市場に出てくればいつでも勝てるという楽観論だけではさすがに心もとない。好き嫌いにかかわらずEVは今後の自動車販売の主戦場なのだ。

 そもそもメイド・イン・ジャパンが世界のトップブランドに成長した理由は、他国の既存製品の弱点を克服して新しい価値を生み出してきたから。価格が高い、壊れやすい、大き過ぎる、使いにくいものを工夫と安い労働力で克服し改善した商品が世界に評価されたことがいまの日本ブランドにつながっている。昔の日本人から見れば、弱点だらけのEVは改良の格好のターゲットのはず。それがいつの間にか「EVは使えないから不要」で議論が終わる世の中になってしまったのは残念だ。

 戦後すぐのメイド・イン・ジャパンは日本人から見て「安かろう悪かろう」という評価のものだった。それを買い支えたことで徐々に品質が伴ってきた。EVを無理して買えとまでは言わないが、買う人の足を引っ張るような風潮が国内で続けば、弱点を克服し、世界市場を牽引するような日本製EVが登場する可能性はますます低くなるだろう。多角化を避けていては産業の空洞化も避けられない。技術大国日本を生かすのも殺すのもわれわれの気持ち次第なのかもしれないのだ。

永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。