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<PR>日本総研国際戦略研究所の田中均特別顧問が語る、世界の分断と日本の戦略

2024年2月5日 12:00 AM

世界はグローバリゼーションから分断化に移行しつあり、その象徴がウクライナやガザ地区での戦争だ。現在、深刻さを増す4つの大きな分断があり、日本の未来にも多大な影響を与えることが確実となっている。1月12日に都内で開催されたトラベル懇話会の新春講演会で、国際情勢に精通した田中均氏が現状を分析し、日本が取るべき戦略を語った。

 いま世界に存在する大きな分断はウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナ、南北分断の朝鮮半島、中国と台湾の4つです。このうちウクライナとロシア、そしてパレスチナの分断がガザ地区で火を噴き、戦争状態に陥っています。

 2つの戦争の背景にあるのは米国の力の低下です。米国はこれまで、圧倒的な軍事力に基づく抑止力と指導力で分断が衝突に発展するのを抑え込んできましたが、その力が低下しています。バイデン大統領の言動も影響しました。ウクライナ侵攻の直前にプーチン大統領とのビデオ首脳会談で、強力な対抗措置を取ると牽制したものの、「ウクライナに派兵して戦うつもりはない」と発言しました。私に言わせれば愚かな発言です。米国が持つ抑止力とは、実際に戦うか否かは別として、場合によってはならず者国家と戦う意志があると示す力だからです。

 ガザ地区での問題に対してはどうだったか。ハマスのテロ行為に対する反撃に関し、バイデンは「イスラエルの自衛権行使は権利であり義務だ」と発言。イスラエルのネタニヤフ政権は同盟国である米国の承認を得てガザ地区攻撃を開始しました。

 米国の抑止力低下は20年単位で進んできました。始まりは01年の米同時多発テロ事件(9.11)です。米国は力には力を、断固たる報復を掲げてアフガニスタンにも侵攻。しかし結果は思うようなものではありませんでした。20年後に米軍が撤退するとタリバンが再びアフガニスタンを手中に収め、数兆ドルの軍事費と米兵数千人の犠牲、数十万人の現地の人々の死は、いったい何だったのかとの問いが残りました。もう一度戦争しようとは誰も思えない。つまり、9.11後の「力には力」の選択が現在の世界の混乱につながっているのです。

対岸の火事ではない

 ウクライナで火を噴いた分断を止める余地はあるのか。「ない」と答えるしかありません。しかし、事態をマネージする、つまり停戦合意の可能性はあります。3月のロシア大統領選挙と11月の米大統領選挙の結果が影響します。おそらくプーチンは圧勝し、国民の圧倒的支持の下で停戦に応じやすい環境になります。そうなるとウクライナ領土の20%をロシアが押さえた現状を維持する停戦は可能だと思います。ウクライナ側を説得するため、米国だけでなく欧州や日本を含む各国が協力して停戦を助ける必要があります。

 11月の選挙で返り咲きを狙うトランプ前大統領は「プーチンと親しい自分なら戦争を止められる」とアピールするつもりでしょう。バイデンは何とかして目に見える成果を上げねばなりません。

 イスラエルとパレスチナの戦争は日本にとっても対岸の火事ではありません。ガザ問題が続けば周辺のアラブ諸国がきな臭くなります。イランが支持するヒズボラやフーシといったシーア派武装組織の動きが活発化し、イランによってホルムズ海峡封鎖の懸念があり、中東に石油を依存する日本にとって厳しい状況が生じるのです。

 この問題も米国の決意と国際社会の本気度にかかっています。しかし、米国内には金融やメディア業界を押さえる数百万人のユダヤ系米国人がいるだけでなく、全人口の4分の1を占めるキリスト教福音派がいます。福音派の教えでは、エルサレムにキリストが再臨するとされ、エルサレムがパレスチナの手に落ちるのを防がねばならず、イスラエルの強硬姿勢支持の背景となっています。

 バイデンも大統領選に勝つためイスラエル寄りの姿勢を見せたいところでしょう。しかし、鍵を握るZ世代など若年世代は上の世代とは異なる人権意識を持ち、民間人が殺されているガザの現状には異を唱える者が少なくありません。

 日本も事態収拾に努めなくてはなりません。日本にとってトランプの再登場もホルムズ海峡の封鎖も避けねばならないからです。

より深刻な朝鮮半島問題

 まだ火を噴いてはいませんが、残りの2つの分断は日本にとってより深刻な問題です。朝鮮半島有事となれば米軍基地のある日本を北朝鮮が攻撃するのは間違いないでしょう。また、ロシアは兵器調達先として北朝鮮に近づいており、朝露が強く手を結びつつあります。中国は日本や韓国の核武装を正当化しかねない北朝鮮の核武装には反対だし、北朝鮮がロシアと近づくのも好みませんが、米中対立もあって北朝鮮問題に尽力する余裕はなさそうです。この中国を朝鮮半島問題の解決のために引き込んでいく必要があります。

 台湾と中国の分断も日本にとって重大な問題で、ここが火を噴けば日本も戦場と化すでしょう。総統選挙では民進党の頼清徳氏の当選が予想されますが(※実際に1月13日の投票で頼氏が勝利)、中国に融和的な国民党が勝っても現状維持の政策は変わらないでしょう。しかし、頼氏当選となれば5月の就任までに中国は揺さぶりをかけるはず。大規模軍事演習が想定されますが、台湾の対応次第では戦争が起きないと言い切れません。日本は武力衝突を防ぎ、緊張緩和を図るために尽力し、分断の拡大を阻止していかなければなりません。

 日本が取るべき戦略は1つ。米国と共に日米安保体制を強化することで世界の分断が衝突に発展することを防ぎ、中国、北朝鮮、ロシアに対する万全の抑止力を形成することです。日本がどんなに防衛費を増やしても単独で分断や衝突は止められません。だからこそ、日米の同盟国としての協力が欠かせないのです。そう言うと米国追従路線だと捉える人も多いのですが、逆です。誤った政策を取ることも多い米国に対してきちんと物を言うこと、同盟国として協力すると同時に耳に痛い意見も言えることが重要です。米国に聞く耳を持たせるためにはアジア、インド、オーストラリアといった国々との関係を強化し、彼らの思いを米国の政策にも反映できるように努めることです。

 中国は厄介な相手ですが、地理的に縁の切れない相手。経済的にも安全保障的にも関係し続けなければなりません。だからこそ中国を巻き込んだ枠組みをつくり、相互依存関係を築いていくしかない。まさに日本の外交戦略が問われています。

たなか・ひとし●1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。経済局長、アジア大洋州局長、政務担当外務審議官などを歴任。2005年8月に退官し、9月から日本国際交流センターのシニア・フェロー。10年に日本総合研究所国際戦略研究所理事長に就任。22年10月から現職。