2023年5月22日 8:00 PM
札幌と千歳の間、北広島市にこの3月にオープンした日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールド」を見学する機会をいただいた。「世界がまだ見ぬボールパーク」をコンセプトに造られた32ヘクタールの広大な敷地は、球場だけではなくさまざまな施設を擁するFビレッジという名の巨大な街。球場を取り囲むようにグランピング施設やコテージにベーカリーレストラン、アウトドアショップやキッズエリア、農業体験施設などが設置されている。100戸を超えるマンションも建っており、入居者は10年間野球観戦が無料ですでに完売だという。
球場内に入るといままでの競技場という概念が見事に打ち砕かれる。360度ぐるりとグラウンドを取り囲む回廊が3層になっており、犬を連れて観戦できるゾーンやクラフトビールのブルワリーを併設したルーフトップバー、外野にはホテルと温泉まであり、自分の客室やサウナ、風呂に入りながら野球観戦が楽しめる。
飲食ゾーンはファストフードのテイクアウトだけではなく本格的な北海道グルメや日本の名店が出店。立ち飲みできる横丁まである。試合がない日も毎日オープン。スタジアムツアーやイベントが設定され、これまで公設スタジアムを借りて試合をする興行主にすぎなかった球団が、「地域社会の活性化や社会への貢献につながる“共同創造空間”を目指す」(運営するファイターズスポーツ&エンターテイメント)と定義してこの場を造った覚悟は相当なものと心から敬服する。
そもそも、われわれはハコからものを考えがちだ。仮に建物にどのようなデザインを施し、立派な(時として奇抜な)ハコモノを造ったとしても、そこに魂を込めるのはたいていその後。やがて膨大なカネのかかる維持運営は当時の思いを知る由もない他の誰かに任され、収支が償えるかどうかだけのための運営になり、陳腐化していくプロセスを繰り返す。
エスコンフィールドはハードとソフトのスケジュールを同時進行で進めたとのこと。ソフトを運営し得る仕組みを考えてはハード側に埋めながらハコを建てていく。入場やレストランの配席などの流動も何度もデジタルでシュミレーションされ、それがゲートや空間の設計に反映されたという。しかも状況に応じて変更を可能とするゆとりをもたせている。
キャッシュレス決済やデジタルサイネージで顧客体験も徹底的にデジタル化された。デジタルで新しいことをしようとするとケーブルやサーバーなど、ハードの物理的な制約の壁にぶちあたることはよくある。スタジアムや博物館など、これから集客施設を建てようと考えている人々にとってぜひ理解してほしいロジックだ。
好きなチームのユニフォームを着て試合を見てビールを数杯飲んで最終電車で帰る。悪いことではないけれど、それでは球場の中とその周辺の一部が潤うだけだ。日本のプロ野球の興行収入は2000億円に満たないが、米大リーグは約1兆4250億円(22年)とまるで桁が違う。スポーツを観光や経済や地域の成長とシンクロさせて考えることにはかなり出遅れた。地域がこうしたイベントを混雑や騒音の元凶とどこか引いた眼で見ている限り経済や雇用を深く論じるのは難しく、ましてや共同創造空間にはほど遠いだろう。
万人単位の人が集まるスポーツを地域があまりにも遠巻きに見ていた感は否めない。年に1度、必ず日本のどこかで行われる国体ですらマネタイズの議論はこれからだ。観光客を迎える目線が温かいかどうかで地域の観光の力が変わるように、魂をハコに込(こ)めて成長させるソフトの源泉はやはり地域であるべきだ。
高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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