2023年1月16日 8:00 AM
本欄への寄稿は私にとって、旅行業界の皆さんに宿泊業界の実情を知っていただける貴重な連絡板としての意味合いを持つものになっておりありがたい限りだ。今回も宿泊業界の感じる面倒な部分をお伝えできればと思う。
例えば、1つの宿泊施設の各担当者が1年間に施設名や住所、電話番号、客室数などの基本情報をどこかに記載、入力する回数はどのくらいあるか想像がつくだろうか。私の所属する中規模旅館程度であっても誇張抜きに年間3000回は下らない。その目的も各旅行会社に毎年提出するタリフや各部門が求めるパンフレット記載内容の確認、国内や海外OTAの情報更新、バス会社や案内所との情報取り交わし、行政や各種団体、イベント参画時の情報登録や調査協力、各種アンケートの回答など多岐にわたる。
経営者の私もその回答の一部を担当しているが、回答書や調査依頼がそれぞれ郵便、メール、ファクスなどで送付され、常時5~10件が未処理で残っている状態だ。回答方法も多岐にわたり、最近では郵便で届いた調査に自署で回答を記載し、それをPDF化して指定のURLにアップロードを求められるなど風刺漫画のような手間を要求されるケースすらある。
もちろん昔から返送書類は多かった。しかし、住所程度は用紙にゴム印で対応できた分まだマシだった。いまは販路も増え、調査も聞く方がメールなどで一斉に聞けて簡単になった分、記載や入力などそれぞれに対応する回答側の負担増が無視できなくなってきた。特にここ数年はさまざまな調査機関が宿泊施設の経営状況を知りたいと見え、官公庁や自治体だけでなく学術機関や商工団体、業界団体が思い思いのアンケートを送ってくる。気にしていただけるのは大変ありがたいがさすがに食傷気味だ。
記載が面倒なのは単に回数の問題だけではない。記載内容もそれぞれ異なることがややこしさを助長している。法人名を求められる場合と屋号を求められる場合、平米数での広さでなく畳数換算の表記が必要な場合、提出先独自の地域区分や業態区分の記載を求められる場合、従業員数も登録社員数を記載する場合と正社員の労働時間に換算した人数を記載する場合……。恐らくこのような「方言」だけで100項目以上の例を挙げることが可能だろう。
裏を返せば、宿泊施設側から外部に知らせたい情報が生じた場合、例えば改装による客室数変更や代表者変更の時、これら膨大な相手先にそれぞれ異なった規格に基づいた情報更新が必要になるということだ。現に改装情報を主だった関係先に周知し、各媒体の掲載内容が変更されるまでに数年を要する。DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しよう、人手不足緩和のために生産性向上を目指そうなどという旗印が掲げられた業界の足元はこのような感じだ。
この不自由を感じているのは消費者も同じだ。情報更新が遅いことで、取り残された古い情報を目にすることになる。実際、宿泊施設を検索しても平成の大合併以前の住所や数十年前の屋号が掲載されていることも多い。最近のネット上では宿泊施設の情報は古い情報や利用者の投稿写真であっても自動的に収集されてしまうので、旅行会社が掲載する仙台の宿の紹介ページで牛タン屋の写真がトップに飾られるなどという現象も各地で発生している。
この情報伝達の問題は、近年ではさらに大きな安全上の懸念を招くこととなった。そしてその解決のために今年以降、ようやくいくつかの動きが見られることになりそうだ。これらについては次回に触れたい。
永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。
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