『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』 人間中心から地球への視点開く

2022.08.08 00:00

奥野克巳著/辰巳出版刊/1760円

 やや偏見まじりではあるけれど、観光関係者というのは異文化に触れる機会が多いせいか、たいてい文化人類学や民俗学が好物な気がする。興味の延長でちょっとかじってみる、みたいな人が多いと思うが、無知から来る偏見や差別意識を防いだり、世界紛争を理解したり、環境保護の必要性に意識を向ける助けになるのは間違いない。

 文化人類学とはそもそもどんな学問なのか。その歩みと現在地を解説し、文化人類学の視点からいまの社会を眺めて見える問題点や、未来を考える手掛かりを語ったのが今回の1冊だ。

 著者はボルネオ島の狩猟採集民・プナンの居住地で共に暮らし、フィールドワークを重ねた人類学者。トピックごとに章が分かれ、地域で異なる結婚やセックス、ジェンダーのあり方を語る「性とは何か」、シェアすることが尊ばれるプナン的社会のあり方を見る「経済と共同体」、成人や葬礼など多くの民族が独自に持つ通過儀礼や、いまも息づく土着の信仰を考察する「宗教とは何か」など項目別に文化人類学の視点を紹介した後、第5章の「人新世と文化人類学」へとつなげる。

 “人新世”とは素人には耳慣れないが、新しい地質年代のことだそう。人類が環境に影響を及ぼし、その痕跡が地層に現れ始めていることから、これを新たな年代として設定しよう、という説だ。文化人類学的にいえば、いままで人間中心だった視点を、動物なども含めた複数種の絡まり合いに注目することで、地球規模の問題に取り組むことにもつながっていく、というわけ。

 観光はそもそも文化・自然を損なう可能性をはらむ活動だ。文化人類学や人新世の視点を持つことで、持続可能な社会、持続可能な観光を目指す助けにもなる、というのをあらためて学んだ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。

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