『送別の餃子 中国・都市と農村肖像画』 幾多の出会いと別れが織り成す豊かさ
2022.06.27 00:00
初めて中国に行ったのは1985年。外国人の自由旅行が許されて間もないころで、われらバックパッカーは大張り切りで大陸に飛び出し、漢民族の手強さや闇両替、粗雑なトイレに打ちのめされつつも、雄大な自然や歴史、素朴すぎて荒っぽいが温かい人々に魅了され旅を重ねた。思い返せば当時の中国には刺しゅう工芸や木版年画、演劇などローカルな文化風習が色濃く残っていたが、外国人が入れる範囲には限りがあり、私も知らずに要許可エリアに入り込み公安に捕まったことがある。
そんな時代から中国の農村部をフィールド調査し、しかもテーマが「民族音楽学」となるとえらく大変そうだが、こぼれ話はめっちゃ面白そう――という期待を裏切らないのが本書である。
調査したい芸能を調べ、それがどこで見られるのか調べ、さらにそこに行くための許可を申請し、お目付け役に引率されての現地調査。段取りも大変だが現地での調査も未知の領域なだけになにが出てくるかわからない。黄河北方の河北省や黄土高原の陝西省、沿岸部の福建省など調査の範囲は広く、その中での印象的な人々との出会いや別れが本書ではつづられていく。
語り者芸人の全盲の男性に言われた「どんな仕事でも苦しいものだ」というひと言、トラクターに乗り1日かけて見送りにやってきた一家、客を送る時に作られるという餃子の美味しさ、貧困地帯とされる黄土高原の合理的な食文化や工芸の味わい。たくさんの出会いがあり、時には苦い思い出もあった。年月で熟成された記録が柔らかい文章でつづられ、味のあるイラストがイメージを補填してくれる。異文化と出会い、環境が違う人々と語らうことで得られる、旅の楽しさとも通じる豊かさを味わせてくれる作品だ。
山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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