マネジメント

2022.06.20 08:00

 北海道の北端、稚内市手前のオホーツク海沿いにある猿払村は日本で最北の村、あるいは面積が奈良県十津川村に次いで大きいといった地理的条件だけでなく、住民1人当たりの平均所得、すなわち年収が高いことで知られる。21年の全国市町村平均所得ランキング(総務省住民税統計データ)で12位。1位東京・港区、2位千代田区、3位渋谷区と、いかにもお金持ちがいそうな自治体が並ぶなか、同じ東京の品川区や神奈川県鎌倉市、千葉県浦安市などを上回る。一時期は最高で3位になったこともある。

 人口2700人に満たないこの村が高所得で知られ、出生率も全国平均よりはるかに高い(20年の合計特殊出生率2.24、全国平均は1.34)のは、ホタテ漁が盛んなこととそのホタテを活用した地域のマネジメントに成功したからだ。

 オホーツクの豊かな海が育む質の高いホタテを地域資源と見立て、適切な管理手法を導入したのは1970年ごろ。乱獲が続き枯渇の危機にあった漁場を分割し、輪番制で収穫する形にして順番にホタテの稚貝を流した。個人事業主たる漁師がわれ先にと無理に漁に出て競うことがないよう漁協の組合員として適正に利益を分配し、船に乗り漁に出る彼らを厚遇しつつ公平に配分する仕組みを編み出した。日曜は禁漁日で漁に出るものはおらず盆や正月にも休みがある。「定年」は60歳でその後は「年金」が支払われる。組合員の後継者がその地位を引き継ぐ決まりなので船に乗る若者が一定程度維持される。だから猿払村の漁業従事者は全国平均より10歳も若いという。

 日本の地方を歩くたび、絶望を感じる。人の気配がない日中の繁華街、シャッターを閉ざした商店、1日数本しか走らない小さなコミュニティーバス。出会う人はみなお年寄りばかりで子供の歓声を聞くことはまれ。主たる産業が一次産業、そしてその担い手がいなくなるなかで、多くの自治体が新たな地域成長の起爆剤に観光をはじめとしたサービス業へのシフトを掲げたのは観光立国の旗を掲げた07年ごろから。訪日外国人が増え、成果が刈り取れそうな兆しが見えたなかでのコロナ禍。2年以上にわたり国を閉じ、移動することを忌避している間に町から人は消え、子供が生まれず、需要回復とは正反対にサービス業の担い手が地域から消えている。有名な観光地とて苦慮するはずだ。

 観光資源はまさにそこにある地域のもので、地域を維持するための主要産品、言うなればホタテの位置づけ。漁協をDMOに例えてみたらどうだろう。多くの人々を魅了してやまない美しい風景や昔からその地域の支えとなってきた歴史や文化や特産品、それを包括的に束ね、稼ぐ地域を作り上げるのが役割のはずなのに。まるで観光資源が「借景」のように商売上手な特定の誰かだけを潤しているだけで、地域みんなで潤う仕組みづくりをおろそかにしてはいないだろうか。ピークシーズンの観光地入り口の道路で懸命に旗を振る自分の軒先のにわか駐車場への客引きや、その地域とは全く無縁な土産物屋への行列を見るたびに、その道のりの険しさを思わずにはいられない。

 知床観光船の事故は大変痛ましかった。当該事業者のずさんな運航管理はきちんと検証し、対策を練る必要があるのは言うまでもない。しかしこれを観光船という交通機関のハードの対策でだけ論じるので十分だろうか。知床といえば高架木道と遊覧船、誰もが必ず訪れるこの世界遺産のキラーコンテンツを、ウェブサイトだけを頼りに唯一運航していた事業者を選択せざるを得なかったお客さまとご家族の無念たるや。民は民、官は官ではない、地域をマネジメントする仕組みの最適解はどこにあるのだろうか。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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