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『ルーヴルの猫 (上・下)』 巨大な迷宮めぐる美術書のごとき作品

2022年5月16日 12:00 AM

松本大洋著/小学館刊/各1426円

 ちょっと前の話になるが、漫画でルーヴル美術館を表現する「ルーヴル美術館BD(バンドデシネ)プロジェクト」の一環として日本で企画展などが開催され、荒木飛呂彦や谷口ジローなどそうそうたる漫画家が参加した。今回ご紹介するのは、松本大洋がこの企画のために描き、20年に米国の漫画賞、アイズナー賞を受賞した作品だ。

 主人公はルーヴル美術館に隠れ住む猫たち。夜警のマルセルに餌をもらいながら屋根裏に潜み、天気のいい日は屋上に出て、満月の夜は屋外に遠征。そんな平和な毎日に歩調を合わせられない白猫「ゆきのこ」は、絵に魅入られたように閉館後のルーヴルをさまよい歩く。ゆきのこを偶然見かけたルーヴルのガイド、セシルは猫の話を通じマルセルと言葉を交わすようになり、50年前に失踪した彼の姉がルーヴルの絵の中に入ってしまったと聞く。誰も信じないその話をセシルは真面目に受け止め、絵を探す手伝いに乗り出す。

 一方、ゆきのこは仲間に注意されながらも館内を巡るのがやめられず、いら立った黒猫「ノコギリ」に襲われけがを負い、マルセルたちに救われる。マルセルの姉はどこに行ったのか。そして、ゆきのこはどうなってしまうのか。切ない物語が紡がれていく。

 いまさら指摘することでもないが、とんでもなく画が魅力的だ。人の目に見えるリアルな猫たち、猫同士の目で描かれる擬人化された猫たち、そして数々の名画とルーヴルの建築や舞台裏。読者はセシルに案内されたり、ゆきのこ目線で絵を見上げたり絵に迷い込んだりしながら、ルーヴルの世界を堪能することになる。

 読了後は巨大で歩くだけでも大変なあの疲労感や人混みも懐かしくなること請け合いな、美術書のような作品だ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。