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平和のコスト

2022年4月25日 8:00 AM

 ウクライナへのロシア侵攻は、経済的のみならず、国際社会の今後のあり方、とりわけ平和とは何かという本質的な問題を提起している。今後の日本に与える影響も計り知れず、ロシア隣国であるわが国近辺においても、今後想定外の事態を生じさせる危険をはらんでいる。

 ウクライナ紛争は平和の値段、つまり平和コストとは何かということをいや応なしに想起させる。日本にいると、平和はほぼ当然のように思いがちだ。ところが、ここ欧州という地域は、もとより過去2度の世界大戦で、人、土地、社会、経済、平和すべてがことごとく崩壊、その強い反省と先人の並外れた英知・努力の結果、欧州連合(EU)という共同経済・社会圏を生み出し、今日に至っている。

 EU創設時にはベネルクス、つまりベルギー、オランダ、ルクセンブルクの3カ国はその中心的存在となった。それらは小国であり、ドイツ(神聖ローマ帝国含む)、フランスの間に挟まれ、何世紀にもわたり、常に大国同士の紛争に巻き込まれてきた。ゆえに平和コストへの認識が国民レベルでしっかりしているのだ。

 スイスも同様にまったく身動きがとれない欧州のど真ん中にあり、永世中立国として自らの国土を国民皆兵制度で防衛する。このように地理的な要因というものは、実に平和そのものへの直接的な影響が大きい。近くの相手ほど身近な現実の脅威になるからだ。そしてウクライナでは、この21世紀の現代において、まさかの大惨事が引き起こされてしまった。

 一方、どの国でも権力は必ず腐敗を生む。残念ながら、これは古今東西、事実のようである。それだけ人間という生きものは「弱い」生物なのだ。権力が生み出す腐敗を監視するのが法治国家の務めだが、果たしてそれは機能しているのだろうか。これはロシアだけの問題ではなく、わが国を含む西側諸国家、ロシア以外の共産主義国家すべてにおいて、国民一人一人が強い意思をもち政府に問いただす姿勢が本来求められている。

 ただ、大変残念なことに平和慣れ(ボケ)した国家においては、国民は水や空気のように平和を「無料サービス」と思う人のなんと多いことか。そういう方にはぜひ欧州やアジアに1カ月でもいいので、旅行ではなく実生活を経験してもらいたいと真剣に思う。まともな飲料水は酒類より高コストで、ぼんやりしているとスリや暴力などで身の危険を感じることなど日常茶飯事である。平和や安全維持にはコスト(犠牲)がかかることを実感できるだろう。

 「戦争と平和」は19世期を代表するロシアの文豪トルストイの傑作である。帝国主義時代の当時の人々の生きざまを描いた写実主義の大作だ。彼自身、1853年に勃発したクリミア戦争に将校として従軍した。この戦争に欧州各国が巻き込まれている間隙を縫って、当時米国は日本にペリー提督を派遣、開国を迫った。ロシアが動くと日本は必ず影響を受ける。もう2世紀近くも続いている事実だ。

 彼はまた、遠く離れたインドのガンディーの無抵抗・非暴力主義に大きな影響を与えたともいわれており、2人は10年にわたり文通していた。このような立派な哲学・思想家を生んだロシアという国は本来それほどおかしな国ではないはずだ。

 極限ともいえる極寒環境での生活にも耐えられる国民性と論理的思考をもたなければ決して現代まで生き残れなかったはずの民族である。平和のための正しい選択をすべての国民・国家ができるよう、われわれもすべて政治家任せではなく、平和は一人一人の行動(コスト)によりもたらされると心得るべきだ。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。