ウクライナ危機とツーリズム 軍事侵攻がもたらす世界的リスク

2022.04.18 00:00

(C)iStock.com/Gwengoat

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に世界が揺れている。欧米諸国による経済制裁が広がるなかでも軍事侵攻の先行きは不透明で、事態は長期化の様相を示している。折しも欧州ではコロナ禍からの国際渡航需要回復へ向かう矢先であったが、今後の国際ツーリズムの回復にも多大な影響をもたらすことは避けられそうにない。

 2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会の分断を拡大させ、大国間の対立やさまざまな分野における衝突を激化させ、世界の不安定化を加速させるリスクを高める極めて深刻な事態である。米欧民主主義陣営とロシアの間の新冷戦は長期化・固定化し、国際秩序を大きく変えていく可能性が高い。

 こうした時代にあって今後のツーリズムに求められるのは、他のグローバルビジネス同様、的確に国際情勢の潮流をつかみ、地政学的リスクをはじめとするさまざまなリスクを分析・評価し、リスクを最小化して危険を回避し、事業を遂行する能力になるだろう。ウクライナ危機は世界をどのように変え、どんなリスクをもたらす可能性があるのか。危機の本質と世界のツーリズムに与える影響について考えていきたい。

 ロシアは当初、ウクライナ侵攻作戦の目標について、「ゼレンスキー政権の転覆」「ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟阻止」「同国東部の親ロシア派地域の独立」を掲げていた。本稿執筆時点で戦争は膠着しており、ロシアは首都キーウ(キエフ)を制圧できず、ゼレンスキー政権の打倒という目標を達成できていない。一方ゼレンスキー政権は、NATO加盟を断念して中立化に応じる姿勢を見せ始めている。

 また3月25日にロシア政府は軍事作戦の重心を東部に移す方針を発表しており、親ロシア派地域の支配確保を優先させる可能性が指摘される。プーチン大統領は過去の発言で、ウクライナがNATOに加盟することになれば、ウクライナが東部の親ロシア派地域の支配だけでなく、クリミアまで奪還することを恐れていたことがわかっている。プーチンは最低でも「ウクライナのNATO加盟阻止」「東部親ロシア派地域とクリミアの支配確保」という政治目標を設定している可能性がある。

 一方、ゼレンスキー政権にとっても、NATO加盟を断念したとしても、東部親ロシア派地域やクリミアの主権放棄に応じることは難しいと考えられる。親ロシア派地域の住民を除けば、ロシアの占領に抵抗しようとするウクライナ市民の数や抵抗の意志は強いと考えられ、外国からの義勇兵も多数流入してウクライナの抵抗勢力を支援し続け、欧米諸国を中心に武器や資金面での支援も当面継続されることを考慮すれば、戦争は長期化・泥沼化する可能性が高いと予想される。

米欧とロシアの関係は戻らない

 ロシアによる軍事介入の長期化・泥沼化が進めば、欧米諸国による対ロ経済制裁も固定化・長期化し、西側諸国とロシアの関係はエネルギーなど最低限の取引を除き断絶され、かつての冷戦時代のような敵対関係になることが予想される。

 バイデン大統領は3月26日の演説で、この戦争を「民主主義と専制主義、自由と圧政の争い」であり、「数日や数カ月では勝てない。今後長期に及ぶ戦いに臨む覚悟を持たなければならない」と述べた。欧米諸国はすでにかつてないレベルの対ロ制裁を発動。ロシア政府高官やロシア中央銀行が米国などに持つ外貨準備の凍結、金融機関への制裁、ロシア産原油(や石油製品)の禁輸措置、ハイテク機器の禁輸などあらゆる分野の対ロ制裁を発表した。また、国際銀行間通信協会(SWIFT)は3月14日までにロシアの銀行を決済網から遮断したと発表し、外国企業のロシアからの撤退が相次ぎ、ロシア企業との取引停止を余儀なくされる西側企業も相次いでいる。

【続きは週刊トラベルジャーナル22年4月18日号で】

菅原出●政策シンクタンクPHP総研特任フェロー。東京財団研究員、英危機管理会社勤務を経て現職。安全保障・テロ・治安リスク分析や危機管理が専門で邦人企業や政府機関等の危機管理アドバイ ザー、NPO 法人「海外安全・危機管理の会」代表理事を務める。

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