『冬牧場 カザフ族 遊牧民と旅をして』 厳しくも美しい自然との共生
2022.03.28 00:00
「砂漠はベージュ色だったが、夕陽の中で砂を掬ってよく見ると、砂粒の多くは半透明のピンク色と黄色をしていた。もし一粒ずつ百万倍に拡大できたら、眼前に広がる荒野はきっとキラキラ輝く夢の世界のようだろう」
本書は、新疆出身の中国人作家がアルタイに暮らすカザフ人一家の冬の遊牧に同行した数カ月をつづった紀行エッセイだ。
冒頭で引用したような美しい風景もあるが、放牧の現場は生易しいものではない。たどり着いた冬牧場で一家がまずやることは、羊囲いや地下住居の修復。材料となるのが羊のフンで、熱を発する建材にもなり、燃料にもなる万能素材。このフン集めや水として使う雪集め、羊追いなど重労働の毎日に飛び込み、音を上げながらも初めて触れる遊牧民の営み、その中にある喜びや楽しみを詩的に、率直に、ユーモラスにつづっていく。厳しい暮らしだからこそ、一家で囲む食卓の楽しさ、客人を迎えるうれしさ、家畜ではない猫など動物への愛情がより強く響いてくる。フラットな目線で時にユーモラスに語るのが読んでいて楽しい。
舞台となった2010年当時は遊牧民の定住化政策が進められており、描かれた光景はおそらく失われているだろう。15年ほど前、私もアルタイを訪れたことがある。郊外に広がる草原にも魅了されたが、印象に残るのは夜の街で見たイベント風景。カラオケで共産党の歌を歌う古くさいプロパガンダ集会で、歌は下手だし、見物人の手拍子もおざなりで、なんだか切なくなりその場を離れた。時代の流れに個人で逆らうのは難しいが、ここで描かれたような厳しく美しい自然との共生が記憶ではなく、少しでも残っていくことをどうしても願ってしまう。
山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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