Travel Journal Online

まわりもの

2022年3月21日 8:00 AM

 オミクロン株拡大に伴うまん延防止等特別措置は東京では1月21日に発出され、当初2月13日だった期限は2月10日に3月6日まで延長された。感染拡大と外出の有無に連関を示す確たるエビデンスもなく、ダラダラとやってます感を出しているだけに見えるこの宣言にもどうやらみんな慣れてしまったようで、理不尽と抗う声もあまり聞こえなくなった。飲み会と学校行事だけことごとく中止になってはいるが、かつてのように町ががらんとした光景は少なくとも日中の都内には見られなくなった。その間にも刻一刻と心が折れ絶望の淵をさまよう人は確実に増え、地域の衰退が加速度を増していく。

 まん防発出に伴い、鉄道や航空各社は発券済みの先の予約に対する特別措置を行っている。JRは区間を問わず全国一律に無手数料払い戻しを認めているが、発着地が特定できる飛行機では宣言が出されている都道府県の空港発、または着で当該地域の宣言終了日まで原則無手数料払い戻し、変更可で対応している。

 よく現場が耐えていると思う。宣言は終了直前に延長され、対象となる地域はまだらで、期間もまちまち。本来なら一切変更できないダイナミックパッケージの類にも適用しているので、出発日変更やキャンセルの電話だけでも相当なものだろう。全国一律に無手数料払い戻しにすれば手間はいくばくか軽減される。しかし本来得られるはずの取り消しや変更への対価を全くゼロにしてまですることではない。ましてや、顔の見えない電話の向こうのお客さまに心の笑顔で接すること、それがお客さまの旅を楽しくし、将来のお客さまを創ることだと教わったオペレーターの心情たるや、やるせない思いでいっぱいだろう。旅行需要が戻った時、こうした人々が再び笑顔で最前線に立てるだろうか。

 そもそもこうした手間には莫大なコストがかかる。対応を検討し、ウェブサイトにその内容を表示し、電話を受け予約記録をいじる分の労働に対する収入はゼロだ。この一銭にもならないタダ働きを積み上げたら相当な額になるに違いない。飲食店のアクリル板や体温計には補助金があるが、ここにはない。「キャンセルが増えてます」とひとこと言うだけのために、OTAのオフィスから中継するテレビカメラに叫んでやりたい。「このコストは誰が負担してくれるのか」と。

 手間暇をかける、それが旅の仕事の収益源だった。旅行会社のクーポンは、旅館にとっては手数料を払ってでも確実に現金化できる小切手の役割を果たしていた。加えて、旅行代金前払い後日精算という仕組みは、低粗利の旅行業の経営にキャッシュフローという面で極めて優れていた。これらが発精算によるノークーポン化、直予約とクレジットカードギャランティーにより崩れた段階で、実は事業モデルは根こそぎ変わっている。旅行相談や難しい手配という手間に課金することもできぬまま、「旅の予約」と「Book a flight, Book a hotel」が同義になり、マネタイズの領域は狭められていくばかりだ。

 カネは天下の回(まわ)りもの。それはどの産業にも共通で、誰かのお金が誰かを潤すことの連鎖で経済は回る。旅行代金の多くは旅行会社ではなく、キャリアやホテル、そしてそれを支える数多くの産業へと回っていく。旅先とは無縁の地域の農家や漁師、原油を生産する国へも。

 いま、間違いなくその見えざる手が人間の誤った作為、不作為でねじ曲げられている。こんなことは長くは続かない、そう思ったのにもう2年。浅はかだったというしかない。その代償は必ず後から払わされる。マイナスのおカネだって回りもの。その覚悟はあるだろうか。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。