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情報発信の勘どころ

2022年3月7日 8:00 AM

 内製化の動きが活発だ。10年ほど前はインハウスデザイナーの登用が流行した。企業はそれまで、チラシやパンフレットの作成を外注する範囲でデザイナーに関与していた。しかし、インターネットの普及で会社のウェブサイトやブログ、SNSなどデザインが必要な場面が急増することで、社内にデザイナーを抱える企業が増えている。いまのネット界隈でいえば、写真や動画の撮影から編集、ライティング、それにSEO対策。かつては趣味や遊びのように軽視されていたことも、いまでは実務上の重要なスキルに位置付けられ社内の人材として求められるようになりつつある。

 他方、SNSコミュニケーションにおけるインフルエンサーの内製化もみられる。去年夏ごろから、資生堂美容部員のアカウントがツイッターやインスタグラムに突如乱立。当該企業のプロダクトについてつぶやけば、それらのアカウントから相次いで「いいね」やリツイートの嵐に巻き込まれる。彼女らはいつしか「インフルエンサー軍団」と称されるようになった。

 フォロワーの獲得数は総じて限定的で、仕掛け方や発信内容には必ずしも好意的な反応ばかり寄せられているわけではない。ただ、外部のインフルエンサーやユーチューバーたるキーオピニオンリーダー(KOL)とうまく役割分担することで、着実にロイヤルティーを高めようとチャレンジしているように見て取れる。加えて、豪華俳優陣を多数キャスティングした創業150周年のテレビCMによる、マスでのコミュニケーションによって認知を稼ぐことも忘れていない。複数系統のパーソナル、そしてマスによる2方向からのブランドエクイティ強化策はさすが老舗企業のコミュニケーション戦略といったところか。

 軍団の挑戦はこれまでKOLにSNSでのPRの多くを外注していたものの、社内スタッフにもブランドやコンテンツに関する発信の影響力を持ってもらおうということだろう。資生堂の動きが後押しし、古い大企業にありがちな「社員はSNS禁止」とのおふれが廃れる転換期が到来するかもしれない。個人にとっても発信力を高めることで自らの市場価値をアップできる可能性を秘める施策と受け止められるなら、企業と従業員の双方に意義のある取り組みといえる。リアルタイムに定量での相対評価が表れるのだから、緊張感と達成感が同居する独特の新タスクにやりがいを感じるスタッフもいるだろう。

 しかし使わせる人や使わせ方を間違えると、ツイッターの場合はたちまち炎上する危険をはらむ。今年に入って企業の実名を名乗るアカウントが相次ぎ炎上した。「採用の仕事とは採ってはいけない人を見極めること」「会社の顔となる人事だからこそ、給与や待遇にこだわる人はお断り」とは、いずれも採用担当者のツイッター。揚げ句の果てには「炎上を目指す人事」とプロフィールに記載するアカウントまで登場。ライバル店の偵察という名の業務妨害行為を堂々とひけらかす自動車販売会社の営業パーソンも炎上し、所属企業は謝罪に追い込まれた。人事アカウントの炎上は本人も所属企業もダンマリを続けて何とかやり過ごそうとしている。界隈の煽りは鳴りを潜めつつあるものの、「ツイッター人事」とひとくくりにされて企業の採用担当者のアカウントは丁寧に運用している者も含め軽挙妄動のフラグが立つに至る状況だ。

 叩かれることを恐れて奇麗ごとを連ねておくことと、共感や共鳴を通じて人とのつながりを育むこと、それらのバランスをいかにしてハンドリングするのか。厳しい洗礼を受けた先例から企業広報が学ぶところは多い。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。