旅行需要と物理学

2022.02.28 08:00

 油断大敵とはよくいったもので、先日交通事故に遭った。幸い全治2週間程度の軽傷で済んだが、その時の衝撃は物理的にも精神的にも大きかった。相手は自転車で夜道をふらふらとこちらに進んできて、当方の右腕に突っ込み、事故となった。衝突の瞬間、思わず、ぐわっ!と声にならない声が出て1mほど宙を舞い、後ろに吹っ飛んだ。

 警察を呼ぶよう周囲の方が気遣ってくれたが、どうにも加害者はそれが嫌だったようで、やむなく示談とした。よく見ると彼の自転車の後ろには大きめの四角いボックスがあり、恐らくデリバリー系の出勤途中だったようだ。私は右肩にかけていたリュックがそのまま運良くショックアブソーバーとなり、腕の打撲と擦り傷程度で済んだ。まさに不幸中の幸いだった。

 この事件以来、あの衝撃の強さを因数分解してみたくなり、昔の記憶をたどりながらいろいろ調べ、運動エネルギーの法則というものにたどり着いた。これは物理学の世界の話である。すなわち、運動しているものはエネルギーを持ち、その大きさは質量と速度の二乗に比例するというものである。今回のケースでいえば、質量=自転車と運転者の重さで、速度は自転車がその時に出していたスピードそのものである。

 大人1人を1mほど飛ばすことのできる力とは相当なものだ。それがたった1台の中低速の自転車で可能だったのだ。以来、こちらに向かってくる自転車を見ると思わず身構えてしまい、いやむしろプロペラ戦闘機がこちらに向かってきたとさえ思うようになった。動きが機敏でなかなかどこに来るか(当たるかどうか)、直前まで読めないからだ。

 この経験から得たものを何か仕事に生かせないかと日々いろいろ考えを巡らせていると、この2年間の旅行需要の低迷と、ここから先の旅行市場の展開にも応用が利く気がしてきた。

 まず、運動エネルギーの法則でいう2つの要素のうち、最初の質量に当たるのが貯蓄額だと想定してみる。そして2つめの速度に当たるのが、非旅行期間の長さと考えてみた。すると、運動エネルギーすなわち旅行需要というものは、貯蓄×非旅行期間の二乗ということになる。つまりこの2年の間、生活に困窮した人が少なくないという状況を考慮し、旅行を可能ならしめるのは、まずは貯蓄であるということ。次に、押さえ込まれたバネのように、したくてもできなかった特にロング系の旅行需要は、できなかった期間の二乗に比例して需要が爆発する可能性があるということになる。

 すでにハワイではコロナ前の65%程度まで観光客が戻ったとの統計があり、これはほぼ日本人観光客等がいなくなった部分を除けば、そのまま米本土からの需要が元に戻ったという計算にもなる。観光施策でもやはり、欧米はいつも日本の先を行っている。

 コロナ特需で、巣ごもり需要や近隣への週末旅などへシフトしていた各国旅行事情だが、コロナの収束次第では、スピードをバネにたとえたように、我慢した期間が長ければ長いほど、その瞬発力・反発力も大きくなるだろう。また先のハワイの例では、日本人ですら欧米並みの2週間滞在へと旅のスタイルもこの2年で変化しつつある。もちろん、これは帰国時の隔離策が主因ともいえるが、これが続くようなら、ロングステイの傾向はさらに顕著となる可能性がある。

 今後の旅行市場の復活はまさに政府の決断と対処次第となるが、いずれにしてもわれわれは各種データとその論理的分析に基づき、機を見るに敏でありたいと思う。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。

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