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『テヘランでロリータを読む』 支配下でこそ強い物語が人々を救う

2022年2月14日 12:00 AM

アーザル・ナフィーシー著/市川恵里訳/河出書房新社刊/1672円

 コロナ禍で途絶えてしまったが、次の旅先の最有力候補がイランだった。最近のきな臭い状況で再び旅が危険になるかも、と心配になってきたからだ。

 1979年のホメイニ師によるイラン革命後、イスラム勢力の反体制勢力、特に学生や教師への圧力が強まり、女性の自由も奪われていった。知識階級の家で育ち、欧米で教育を受けた著者は革命の年に帰国し、大学で英文学を教えるが立場は悪くなる一方で、1995年、ヴェール着用拒否を理由に大学を去る。無力感にとらわれる彼女だが、この機に文学を愛する女子学生7人に声をかけ、自宅で秘密の読書会をスタートさせた。本書は関係者に害が及ばないよう改変を加えつつ、当時を振り返ったセミ・ノンフィクションだ。

 『ロリータ』『華麗なるギャツビー』『高慢と偏見』など題材に選ばれるのはイスラム教国で読んでもピンとこなさそうな作品群だが、学生たちは登場人物の生きざまに共鳴し、考え込む。授業の一環で行った「ギャツビー裁判」では、伝統的価値観と現代の価値観がぶつかり合い、白熱の議論が展開される。だが優れた文学に触れ豊かな時間を過ごした後、一歩外に出ると服装をチェックされ、学習はおろか行動全体を制限され、自由恋愛も不可能な日常が待っている。だからこそ、男性の支配に屈しなかったロリータの心に彼女たちは共鳴し、救われるのだ。強い物語は万人を救う力があり、それすら奪うのは非人間的な行為なのだと痛感する。

 情緒たっぷりに描かれる読書会の様子、著者本人や生徒たちの生き方や選択に胸が詰まるような場面もあるが、すべての女性、そして文学を愛する人々に力を与える1冊だと思う。テヘランに再び行けるようになったら、『ロリータ』を携えて行こうかな。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。