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『ヴェルヌの「八十日間世界一周」に挑む』 19世紀当時の熱狂を生々しく描く

2022年1月31日 12:00 AM

マシュー・グッドマン著/金原瑞人・井上里訳/柏書房刊/3080円

 メディアが発達するにつれ、どの世界でも話題集めの企画というのは出てくるもので、19世紀末のアメリカもまたしかり。その企画とは、1873年に出版されたジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』より早く世界一周する、というものだ。野心あふれる女性ジャーナリスト、ネリー・ブライの発案をワールド紙が採用。1889年、意気込んでニューヨーク発・東回りの世界一周に出発したネリーを追うように、コスモポリタン誌から依頼されたエリザベス・ビズランドが西回りの世界一周に出発する。ワールドはネリーの帰着時間当てクイズ(景品はヨーロッパ旅行)で世論をあおり、コスモポリタンは2人の競争をあおる。

 折しも客船や鉄道網が広がりつつある時期で、世間では旅や世界へのあこがれが強まっていた。注目を集めるなか、先にゴールするのはさてどっち?

 19世紀の世界旅行ってどんな感じなのかと手にしたノンフィクションなのだが、読むにつれ丁寧に描かれる当時の風俗や社会情勢に興味が湧いてきた。1865年に終結した南北戦争はまだ生々しい記憶で、アメリカ人のイギリスへの思いは人によって違った。世界旅行の道中、特にアジアでは大英帝国の植民地を多く通過することになるが、北部生まれで愛国心いっぱいのネリーはイギリスへの反発を隠さないし、逆に南部の名家出身のエリザベスはイギリスに憧憬を抱き、植民地の生活様式もすんなり受け入れる。ちなみに日本のことは両名とも褒めたたえている。

 どっちが先にゴールしたかは本編をお読みいただくとして、当時の旅の様子、メディアがあおる熱狂はとても面白い。そして最後に描かれるその後の人生でなんだかしんみり。旅が終わってからも、人生は続くのだよなあ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。