Travel Journal Online

とりもどす

2022年1月24日 8:00 AM

 20年末の日本のパスポート保有率は21.8%、前年より2ポイント低下した(外務省旅券統計、国内在住日本人の有効旅券数)。21年の数値はまだ出ていないが、この数値を下回ることは確実だろう。海外に行く用事もないし、あっても渡航には幾多もの困難が立ちはだかる。新たにパスポートを取ることも更新も必要ないのは当然のことだ。

 最も保有率の高い東京都ですら35.2%、青森・秋田・岩手の北東北3県は10%を切った。この数値がいま「海外」と聞いて反応する国民のわずかなる数だ。インバウンド同様、これまでアウトバウンドも順調に進捗してきた。初の2000万人超えを達成した19年が遠い昔に思える。

 アフターコロナのインバウンドの回復はそう遅くないとの予想が多い一方、アウトバウンドについては多くが口をつぐむ。日本人の海外渡航が再び2000万人の頂にたどり着くには相当の困難を極めるはずだ。あと3年で、かつてアクティブシニアと呼ばれ海外旅行市場を牽引した団塊世代はすべて75歳を超える。後に続くのはそのジュニアの小さな山を除けば人口が徐々に、やがて大幅に目減りする世代ばかり。

 日本人の主たる旅行者の中心層がミレニアル(概ね1980~2000年生まれ)やZ世代(概ね2000年以降生まれ)へと切り替わりつつあるなかで、旅行会社や旅館などのツーリズム産業も日本の観光地もこの変化に反応しきれていないまま時間が過ぎていく。

 人は必ず、1年で1つ年を取る。再び国が開き自由に世界を行き来できるようになるころには、日本の高度成長を支え、金銭的にも心理的にも恵まれたシニア層の旅人の姿が減っている。一方で就職氷河期を経験し高額の社会保障費負担などから常に世の中に悲観的で財布のひもの固い次の世代を旅に誘う仕掛けや準備はほとんど行われていない。せいぜい、インスタで写真を投稿する類いのデジタルキャンペーンで接点を持った気になっているくらいか。

 加えて、かつて風邪と呼んでいたものにカタカナの名前をつけ毎日その数を数え、教育現場がその場にいたというだけで隔離し人を遠ざけることに躍起なこの時間が、子供たちが成長する過程で教育旅行や家族旅行で海外に行く貴重な機会をも奪った。成人前の海外渡航経験はその後の世界的視野の醸成や渡航意欲に大きく影響する。令和の鎖国は江戸時代と比較にならないほど将来の国の成長に影を落としていることを自覚せねばならない。

 昨年12月初めの読売新聞の世論調査で、政府の水際対策に89%の国民が「評価する」と答えた。よく考えてみよう。現時点でパスポートを持つ国民はわずか2割、県によっては1割未満。全国民に現時点での政策を問えば、そういう結果になるのは当たり前だ。しかしパスポート保有者や、海外と往来できないとビジネスや人生が台無しになる人々に聞いたら結果は違うだろう。

 イエスかノーか、二択の踏み絵でわずか1%でも多い方に誰もが流されていく、あるいは流すようになっていく。データとは程遠い、単なる空気と雰囲気。毎日目を覆うような愚策と報道にくらくらするのにも慣れた。でもこれが続けば、もはや上書きができないほど国が廃れる。

 江戸時代の鎖国は黒船到来によりあっけなく解けた。しかし令和の攘夷派と開国派の戦いに決着をつけるペリーさんはもう来ない。だったら自らやるしかないだろう。人が知らぬ地へ出かけてその地の人と出会い、互いに豊かな気持ちになる、その当たり前の気持ちを取(と)り戻(もど)す。新しい年にそう誓う。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。