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『ノマド 漂流する高齢労働者たち』 豊かさとは何かを問いかけるノンフィクション

2021年12月20日 12:00 AM

ジェシカ・ブルーダー著/鈴木素子訳/春秋社刊/2640円

 2008年、アメリカで起きたリーマンショックと住宅危機は、特に高齢者を直撃した。アメリカンドリームを信じて働き貯めてきた年金は激減、家賃は高騰し高齢者が働ける職場の賃金では払いきれない。そうして困窮し、ついに路上に出ることを選んだ人々、ノマドを追ったノンフィクションだ。

 路上に出るといっても、彼らは寝泊まりできるキャンピングカーなどを所持しており、車とともに働ける土地を転々とする生活だ。国立公園のスタッフ、農作物の収穫など短期雇用が主で、なかでもポピュラーなのがアマゾンの倉庫作業。巨大な倉庫を一日中歩き、無限に届く荷物のバーコードを読み取り棚に納めていく仕事は過酷だが、高齢者にはなおのこと。痛み止めや湿布の助けを借りながら働く姿は痛々しいが、著者が描き出すノマドたちは生活を楽しもうと努力し、ポジティブな姿勢を保とうとしている。ふだんはバラバラに暮らしているが、ネット世界でつながる彼らは年に一度、アリゾナ砂漠の街に集合し、情報交換や交流を楽しみ、また新しい仕事場に向かっていくのだ。

 なんというか、とてもアメリカ的。

 日本的な価値観で見ると、まともに働いていても家にも住めない悲惨な状況ではあるが、著者が触れるとおり西部開拓時代から移動労働者はいたわけで、将来の保証はないが家に縛られる不自由からは解放されている。私自身、住処にこだわらないほうなので、いっそこんな老後もアリかも、なんてちょっと思う。ただ、ノマドには黒人が見当たらないことなど(おそらく捕まってしまう)、アメリカが抱える闇も随所で指摘されており、考えこまされる。

 豊かな人生とは何か。自分が老後に求めるものとは。いろいろ考えさせられる面白いノンフィクションだ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。