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マスクとコミュニケーション

2021年12月6日 8:00 AM

 コロナが影を潜めても、われわれは一度馴染んだマスクを少々窮屈ではあるが着用し続けており、それほどの抵抗感もなくこの状況を受け入れている。しかしマスク着用は外国人、特に欧米人にはとても苦痛なことだったようだ。海外の映像を見ても、彼らは真っ先にマスクを外して街を歩いている。

 彼らにとっては口を隠すことはコミュニケーション上では致命的らしい。例えば仮面舞踏会はアイマスクで素性を隠しつつ口元で意思疎通を図る。アメリカンヒーローのバットマンもロボコップも目は隠しているが口元はオープンだ。もちろん、スパイダーマンのような例外もあるが、エイリアンであってもほとんどの場合で口はしっかり表現されていることに気付くだろう。

 逆に日本人は目を隠した人と応対すると身構えてしまう。サングラスをかけてビジネスに臨む人はほぼいない。いくら格好良くても目を隠すのは悪役スタイルだ。時代劇の剣士や忍者も、素性を隠して変装する時には口元を隠すのが基本だ。仮面ライダーやウルトラマンなど特撮ヒーローの時代には顔を全部隠す仮面を被るパターンが増えたが、アメリカンヒーローのように口を出すデザインはごく少数派だ。

 欧米ではショップの店員やスーツ姿のビジネスマンがサングラスをしていてもそれほどの違和感はない。きっと欧米人にとってマスクを着用しなければならなかった期間は、われわれ日本人が全員サングラスを着用して生活するくらい違和感のあるものだったのだろう。西洋人は相手が口を隠すと信用されないのに対し、日本人は目を隠されると不安になるという仮説の下でそれぞれの生活を見てみると面白い。

 そう考えてみれば、口は災いの元、口から先に生まれるなど、日本では口に対して悪いイメージの慣用句が多いのに対して、目は目端が利く、目は口ほどに物を言うなど、目には良い人格を表す使われ方が多い。沈黙は金、雄弁は銀ともいうように、喋らないことが美徳の1つでもある日本ではマスク着用は、感染防止策のメニューの中ではむしろ知的なアイテムとして受け入れやすかったのかもしれない。

 では、このままマスクで口をふさぎ、口数を減らす世の中がずっと続くのだろうか。確かに接客の世界では非接触がトレンドになるだろうからセールストークは廃れていくだろう。そもそも一言も会話しなくても自販機や無人レジで買い物ができる日本は元々特殊な環境だ。外国では挨拶もせず無言で店に入る客は不審者として扱われるのに、店員と会話ゼロでも買い物ができる社会は気持ち悪いほどである。日本で働く外国人が日本語を全く話せなくても日常生活が送れることに驚く理由もわかる。

 とはいえ、無言で相対するだけでは双方の要望は伝わらないし、文字だけでは読まない人も多いなかで、黙って働く背中を見せたところで共感される世の中でもない。口下手で職人的な仕事をする総理が国民の理解や共感を得ることができず退陣し、対話重視を謳う総理に交代したのも国民が明快なコミュニケーションを求めていたことの表れだろう。SNSの世界でも、発信力の強い人のステージは文字投稿より動画配信に移行しつつある。マスク着用の世の中は続いても、話すことはこれまで以上に重要なコミュニケーションだ。

 コロナ後の世界で最も変化するのはコミュニケーションだという説もある。移動できなくても、マスク越しでも、画面を介しても、相手との関係を維持し、深めたいと思う気持ちは日本も欧米も変わらないものだろう。

永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。