尋ね方の道を訪ねて

2021.11.29 08:00

 「流し足りないところはないですか」。美容院でシャンプーしてもらっていると、決まって最後にこの質問が登場する。無難な返答でやり過ごすものの、心の中でつぶやくのはいつも同じセリフ。「俺が聞きたいわ」

 いや、本当にわからないのだ。手で直接触って確認しない限りシャンプーが落ちているかはわからないし、それを視認するにも目隠し用にかぶせられた薄い紙を払いのける必要がある。リクライニングされてふんぞり返った状態でこの一連の動作を実行するのは躊躇せざるを得ない。行動へと移り「この客はどうかしている」とスタッフに判定されれば、その後の美容サービスを受ける上で不利益を被る可能性は否めない。

 「……大丈夫です」。イエスともノーともつかない言葉を明るく返し、常に平和な空気を導いてきた私の対応に間違いはなかったと信じたい。人に質問するのは難しい――。

 調査研究事業の成果をアウトプットする目的で、当法人では季刊誌を発刊している。一般流通はしておらず、会員たる旅行業・宿泊業の労組組合員が主たる読者だ。冒頭には特集コーナーがある。毎年特定の大きなテーマを設定したうえで、それにひもづく小テーマを各号に据える。識者による寄稿あるいは当方の取材録を2~3本掲載し、春夏秋冬年間4号の発刊をもってひと通り完結する体となっている。

 この1年半はコロナで取材がままならず、寄稿に甘えるケースが圧倒的に増えた。制作する立場としては、取材、文字起こし、原稿作成、校正依頼、レイアウト確認要請の前半3ステップが割愛できる点に限っては歓迎だ。とはいえ、どこの馬の骨だか知れない人間からのオンラインを通じた要請に対して、5000字の論考を二つ返事で寄せてもらえる人ばかりではない。依頼するタイミングや内容、原稿料について吟味を重ね、成功事例と失敗事例からの学習を踏まえることで、ようやく1つの様式を整えられるステージにたどり着けた。なぜ、貴方へお願いするのか、その理由にどれほど愛情を込められるかが鍵だ。

 こうしたノウハウの構築にあたっては、業務として営業を担当した経験が大きい。相手方がこちらに聞きたいことを予想しながらヒアリングを進める。そのためには一定の質問力が求められ、その前段階には相応の会話能力を備える必要がある。筆者は大学生の時に学習塾講師とファミレスで接客のアルバイトをいずれも長く経験したので、しゃべりには自信があった。しかし、双方向での会話の能力は未成熟だとの指摘で、入社早々鼻を折られてしまった。その後は「『電話を介して女性との会話を斡旋するサービス』を活用したOJT」といういまでは禁じ手の指導も手伝ってか、営業の場、そして現在の取材の場では事前に準備したメモにはノールックで相手方との対話に臨むことができている。

 あくまで私が関与する限定的な範囲ではあるが、30代前半までの若い人の会話能力が乏しいように感じる。あらかじめ決まっていることを伝えることに執心し、答える側の身になって質問することができない。それは個人のスキルを下げてしまっている。会話能力の低迷はヒアリング能力が低いことを意味する。コロナ禍でリアルの場における対話の場が減少するなかではあるが、人的サービス業に従事する以上精進することを忌避できない。旅行業の現場はどうか。

 冒頭の話。いつもは若いアシスタントにシャンプーされるが、状況によっては担当の同年代の美容師にしてもらうことがある。その時の問われ方はこうだ。「気持ち悪いところはないですか」。うん、それなら答えられるで!

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。

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