フランスの危機と文化観光の振興

2021.11.29 00:00

 フランス首相府の情報ポータルサイトが「ツーリズムの前例のない危機」として20年の観光の現況と政府の対応を伝えている。20年は19年の観光収入1700億ユーロの3分の1に当たる600億ユーロが減少した。航空旅客は国内で55%、国際で73.5%減少。ホテルは70%減で特に高級ホテルの打撃が大きい。パリでは年間平均の客室稼働率は前年の80%から22.6%になった。

 ロックダウンによりレストラン7万5000店、クラブ3000店、カフェ4万店が閉じて100万人が失職した。旅行会社の販売額減少は70~80%で200億ユーロ。注目すべきは、観光全体のうち全世界で40%、フランスで50%を占める美術館や博物館などへの文化観光が、閉館などにより70%減少したことだ。ルーブル美術館は入場者が19年の960万人から270万人に縮小した。

 一方、10月のトラベルウイークリーは、世界のフランス旅行熱は健在で、環境アーティストのクリストが巨大な布で凱旋門を包み込む期間限定(9月18日~10月3日)の芸術プロジェクトに、多くの旅行者が訪れたと報じている。

 そしてコロナ禍の厳しい環境にもかかわらず、フランスが熱心に進めている文化観光施設の開発を挙げる。

 人口3万人の北フランスの町ランスの鉱山地域跡に12年に開業したルーブル美術館別館はパリから貸し出される作品を提示し、多くの特別展を開催している。

 ブルゴーニュの古都ディジョンの旧病院跡6.5ヘクタールに建設中の「美食とワインの国際都市」はブルゴーニュ料理とワイン教育施設、ホテル、レストラン、映画館などの複合施設で、22年4月の開業予定だ。

 また、マルセイユ付近の地中海海底で1991年に発見されたコスケール洞窟には、多数の魚やペンギンなど先史時代の水棲動物の壁画があるが、これを見学できる先端技術を駆使したレプリカが22年6月にマルセイユ旧港地区に開く予定。いずれも国が主導して、多額の投資を行う大規模プロジェクトである。

 新たなホテルについても次々と開業している。パリ中心街セーヌ川沿いに2005年までサマリテーヌデパートがあった1870年建造のアールデコ様式建築には、ホテルシュバルブランが今年9月に開業した。LVMHグループがパリに初めて開いた72室の高級ホテルである。

 また、フランス最大で唯一の終夜営業をしていたルーブル郵便局の19世紀の建物が、5つ星のグランドホテル・ドラポストとして22年1月に開業する。さらにパリ8区の18世紀の邸宅を改造したアコーホテルズの56室のホテルデラーノが22年に開業する予定だ。ホテル3軒は民間の開発だが、いずれも歴史的文化資産を活用した高級ホテルである。

 これらのプロジェクトはコロナ発生後の計画ではなく、すべて以前から準備されていた長期プランである。フランスは観光地としての魅力と人気をいいことに、観光開発や誘致に熱心でないとの批判があるが、これらの計画は一貫してフランスの芸術・文化を広く喧伝し、併せて観光振興を促進する国としての意図が鮮明である。

グループ4●旅行業界と外国政府観光局で永年キャリアを積んできた4人により構成。大学の観光学部で教鞭をとったり、旅行業団体の幹部経験者もいる。現在、外国メディアで日常的に海外の観光・旅行業界事情に接し、時宜に応じたテーマで執筆している。

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