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『チョンキンマンションのボスは知っている』 常識覆す独自のコミュニティー運営

2021年11月22日 12:00 AM

小川さやか著/春秋社刊/2200円

 チョンキンマンション(重慶大廈)といえば、香港のチムサーチョイに位置する複合ビルで、1階には両替商や売店、上階には各国料理屋や安宿がびっしり。いかにも怪しい雰囲気や迷路のような構造は香港名物で、映画『恋する惑星』の舞台にもなった。かくいう私もバックパッカー時代から安宿を使うリピーターなのだが、ずっと謎だったのが入り口周辺にたむろするアフリカ系の人々。ナニモノなのかと思っていたが、読んでなるほど納得。

 本書は、アフリカ研究を専門とする文化人類学者がチョンキンにたむろするタンザニア人たちに密着し、なかでも「チョンキンマンションのボス」を自称するカラマを軸に彼ら独自の経済や社会の仕組み、考え方に迫ったルポだ。

 彼らの主な仕事は中古車や家電、天然石の貿易に加え、ディーラーのアテンドなどの手数料。一発当てれば大きいが、間違えれば一文無しだ。筆者が注目したのは彼らの生活を支える「ついで」の互助。仕事のついでにできることは手伝い、同胞のピンチには金を出し合う。協力しない人を責めないし、その人が困っていればやはり力を貸す。借りたものは返す、働かざるもの食うべからず、という日本的な発想からは遠いし、仕事もうさんくさく感じてしまうが、思い返すと「後進国」といわれがちな国々には、意外とこんな感じで楽しく暮らしている人は多いように思う。彼らも小さなコミュニティーと経済圏を円滑に進める工夫を凝らしながら、先の見えない未来を楽しんでいるように見える。自由闊達な香港の風土がそれを許容していた面もあり、だからこそ今後には少しの不安も残るが。

 体当たりのフィールドワークが新鮮な本書、河合隼雄学芸賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。