Travel Journal Online

幸せに長く働く

2021年11月1日 8:00 AM

 本稿を執筆する10月半ば、都内での新型コロナウイルスの新たな感染確認が50人を下回った。去年6月以来の低い値だという。このまま感染が収束するのか、あるいは大波が再度来るのか。秋の行楽シーズン真っただ中で年末年始を控える発刊日ごろの状況が気にかかる。

 コロナによる直接の影響で傷んだ旅行業では、今年多くの仲間が早期退職制度を利用して会社を去った。他方、新たな経営体制の発足や主力事業の変革といったタイミングに合わせる形で、製造業においても早期退職を募集する動きが散見される。報道によれば、実に1000人、2000人といった大きな単位での応募があったようだ。界隈が騒がしくなってきた。著名な企業家による「45歳定年制」の発言は波紋を呼び、「40代でのFIRE」を目指すシミュレーションがウェブや書籍で話題になるなど、筆者の世代はその渦中に巻き込まれている。

 9月末で1000人以上の従業員が早期退職制度を利用して退職したことを発表したメーカー。記者会見の席上、「活躍を期待していた人まで退職してしまった」とは6月に就任したばかりのCEO。本心による発言なのか、追い出したかった社員に気持ちよく去ってもらうための方便なのかはわからない。ただ、会社に残った側にしてみれば、いずれにしてもいい気分のするものではない。無能感の漂う、残念な発言だ。

 自分たちの都合でしか考えず、相手がどう受け取るかも想像できない。いや、する気もない。件の仕組みで企業にとっていらない人材だけ排除できるものと勝手に思い込んでいるとは情けない。人をモノとしてしか見ず、早期退職で社員の選別ができると勘違いしているような企業だから見限られたのだろう。今後、取引先や顧客、社会からの見られ方にまで影響を及ぼすのではないか。そんな懸念を感じずにはいられない。

 こうした情報に接するたびに思う。退職勧奨したり、キャリアデザインプログラムだとか、さも立派で美しい名称の首切り制度を整備したりする側が、なぜ安穏としていられるのか。鬱積していた諸課題に向き合わず結果を出せなかった幹部や、人事賃金制度の金属疲労を放置し続けた当事者を、現場より先にやらなければいけないのではないか。

 今後いつ人員整理の対象とされるかわからない状況では、若いうちの低賃金はいよいよ説明がつかなくなる。20~30代は安い給料でこき使って、年がいけば放出する。そんな都合のよい雇用がまかり通るのであれば誰も寄り付くことはない。比較的高給の割に働きの悪い50歳以上の「働かないおじさん」を「妖精さん」と称するそうだが、彼らにも同情を禁じ得ない。

 入社時は終身雇用を前提に年功序列に基づく安い賃金で働いていたものの、いざベテランとなって早期退職だ、45歳定年だと言われれば、給与の後払い分を踏み倒されたと感じてしまう。会社に対する信頼を失いつつも他へ行く当てがなければ、お花畑で働かざるを得ないだろう。

 企業別労働組合の役員の頃は職場を訪ねてさまざまな意見を直接聞くことができた。しかし、役割が変わるとともに対面での意見交換が困難となったいま、参考にしているコンテンツがある。大手検索エンジンが展開する「しごとカタログ」だ。仕事内容や職場の雰囲気、給与、評価制度などを評する社員のクチコミが多数収められ、毎月訪問している。木を見て森を見ない投稿はご愛敬として、コロナ禍以降思わず膝を打つコメントは少なくない。1on1や従業員意識調査よりずっとリアルに感じられるのではないか。労働者へ目を向け愛情を注げるトップは出てこないものか。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。