観光客分散化へイタリアの試み

2021.10.11 00:00

 コロナ禍の終焉にはほど遠い現状だが、米国や欧州の多くの国ではコロナ後の観光復活に向けさまざまな検討を行い、一部の計画は実施されている。懸案の1つはコロナ以前の大きな課題であったオーバーツーリズムに象徴される観光公害への対応だ。各都市で多くの議論があるようだが、最近イタリアで2つの事例が話題になっている。

 ベネチアのジュデッカ運河に6月3日、9万2400トン、乗客定員3223人の大型クルーズ船MSCオーケストラが現れ、クルーズ賛成・反対両派の海上デモの出迎えを受けた。コロナまん延による中断18カ月ぶりのクルーズ船入港で、その2日後に650人を乗船させ地中海クルーズへ出発した。

 この後、イタリア政府は7月13日、ベネチアの環境・芸術・文化遺産保護のため、2万5000トン、船長180m以上の大型船のこれまでのサンマルコ広場脇を通るジュデッカ運河経由の中心地域への航行を8月1日以降禁止すると発表した。代わりに工業港マルゲーラに1億5700万ユーロを投入して5つの係留ドックを建設する。この決定はユネスコの世界遺産ベネチアを危機遺産リストに加えるという警告に後押しされたといわれる。ベネチアへの年間観光客2500万人のうちクルーズ客は70万人だが、短期間に集中するほか、巨大船が起こす強い波が旧市街の基本基盤を傷め、水域の生態系を損なうことが懸念されている。

 実は19年のジュデッカ運河でのクルーズ船MSCオペラの岸壁衝突事故への対応を含めてクルーズ禁止令は過去に何度か出されているが、必要な施設整備の遅れなどで実行されなかった。関係者は今回もマルゲーラの停泊ドック完成は間に合わず、船会社は今年は運航取りやめか、トリエステ、ラベンナ等へ寄港せざるを得ないとも伝えている。ベネチアクルーズの今後の予測は不透明だ。

 一方、住民36万7000人、年間来訪外客1100万人のフィレンツェが掲げる「ウフィツィ分散」計画は画期的だ。フィレンツェだけに集中する旅行者をトスカーナ州全域に分散するために、最大の観光資源ウフィツィ美術館に集積した美術作品を5年かけて、温泉地、歴史建築所在地など固有の魅力を有する100近い都市に分散する。候補地としてはリボルノ、モンテカティーニ・テルメ、ルッカなどが挙がっている。

 トスカーナ地方全体を「分散した美術館」の集合地域にすると同時に、美術以外の地域文化紹介のワイン蔵見学、料理教室、サイクリング等を提案する。旅行者の分散と地域全体での経済振興を図る雄大な構想である。業界紙は、14世紀にメディチ家の当主が悪臭漂う場所だったアルノ川にかかるヴェッキオ橋から肉屋、魚屋を移動させ、金細工師、宝飾店を集結して現在のしゃれたショッピングストリートに転換した歴史の再現と伝える。近年、イタリアで評判になった町全体をホテルにして地域ぐるみで旅行者をもてなすという発想の「分散型ホテル」とも共通したコンセプトといえるかもしれない。

 コロナ禍は観光産業が今後、オーバーツーリズムにどう向きあうかを考える絶好の機会であることは確かだ。単なる旅行者の受け入れ制限や新税徴収だけでなく、観光全体の発展に寄与する方策が多数提案されることに期待したい。

グループ4●旅行業界と外国政府観光局で永年キャリアを積んできた4人により構成。大学の観光学部で教鞭をとったり、旅行業団体の幹部経験者もいる。現在、外国メディアで日常的に海外の観光・旅行業界事情に接し、時宜に応じたテーマで執筆している。

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