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『料理と利他』 手を動かし続けた人の言葉の重み

2021年10月11日 12:00 AM

土井善晴・中島岳志著/ミシマ社刊/1650円

 前回ご紹介した『尾畠春夫のことば』で感じたのは、現場の人の言葉の強さだ。いまの日本で幅を利かせがちなのはプレゼンに長けたコンサル系の人、あるいは「生産者と消費者をつなげたい」など、自身が媒体になろうとする人な気がする。こういう方に取材等で多く会いすぎたせいか、「あなたが生産しないんですか」と聞きそうになったことが何度もある。もちろんダメではないが、中にはフワっとした奇麗事ばかりで言葉が軽く、首を傾げてしまう方もいるのだ。ほんの一部だけどね。

 素朴だが力のある尾畠さんの言葉で、もうひとり、魅力的な言葉を発する現場の人を思い出した。土井善晴さんだ。

 「いい加減でええんですよ」

 繊細な手つきと柔らかな言葉が印象的な土井先生。『一汁一菜でよいという提案』は現代の家庭料理のあり方を示しベストセラーになった。「おいしいもんはもともとおいしい」ので手をかけすぎず、「ええ加減」に仕上げる。一流シェフを目指していた先生の方向転換のきっかけになったのは“民藝”との出合い。用の美は家庭料理にも通じると、以後この道を突き進んできた。

 そんな土井先生に、「利他」を研究する政治学者が問いかけた対談が本書だ。みそ汁の力、ハレとケ、親鸞、ハンナ・アーレントなど話は自在に広がり、視野が広がる思いだ。芋の煮っころがしやポテトサラダを作りながら語る回では、「こうやって私待ってるんですよ、サラダが落ちるのを」と料理の感覚を言葉で伝えてくれる。モノマネされがちな独特な表現は、長年家庭料理と向き合ってきた経験と知識に基づくもの。手を動かし、考え続けた人から出る言葉は深く重い。まあ、深く考えずとも、「とりあえず毎日おみそ汁つくろっと」という気になる素敵な対談集だ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。