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地方の挑戦

2021年9月27日 8:00 AM

 忘れられない日本の原風景がある。奈良の天川村と十津川村だ。以前、知人の勧めで、奈良市内でのアポを済ませた後に訪問した。事前の知識もなく、また特に何の期待もせず、まず天川村の洞川温泉センターで軽く温泉に入った後、ふらっと散歩をしていると、眼下にそれはすてきな清流が見えた。

 穏やかに揺らぐ川面をしばし眺めていて、はっと驚いた。揺らいでいたもの、それは大きな川魚の群れだったのだ。100匹以上はいたであろうか。とっさに恐らく鮎ではないかと思い、近くの定食屋に入った。新鮮な鮎の塩焼き定食があり、迷わずそれを注文。あれほど新鮮美味な鮎定食は、後にも先にも天川村でのこの体験のみである。

 地方創生という言葉はいかにも形式主義思考の名前で好きになれない。地方の過疎化や産業の衰退は何もいまに始まった話でもなく、日本だけの問題でもない。では、地方に魅力がないかといえば、それは全く違う。むしろ逆だ。なのに人はあまり来ない。その問題点を大きく3つに整理してみたい。

 まずは交通手段の問題。需要と供給の問題でもあるが、地方では行きたいところに行くための公共交通機関が実に不便である。便数が少ない、時間がやたらかかる。この解決策として、まずは自家用車で来てもらえる近県の消費者を第1ターゲットに絞り、認知向上とプロモーションをすべきだろう。そして、インバウンドが復活するタイミングで、混載でもいいので都市と地方の名所旧跡を結ぶ直行バスをせめて1日1往復は出してほしい。各駅停車の路線バスでは時間がほぼ2倍かかってしまい現実的ではないからだ。

 次にデジタル媒体の活用不足を解消すべきだ。情報発信は言うまでもないが、いまどきウェブサイトがあったからといってそれで人が来たりはしない。SNSもあって当たり前の時代だ。旅行業はファッションビジネスではないので、たまにどこかで紹介・掲載されたという程度では、まず効果はない。インターネットは発信コストが極限まで低く抑えられ、タイムリーに発信できるメディアである。このデジタル化最大のメリットを生かすためには、発信する内容とその頻度こそが重要だ。村自慢のオフィシャルサイトでも、最初に一度書いたきりの情報が多い。これでは人は来ない。村のいま、旬はこれです、と最新ネタを常に発信すべきだ。その手間を惜しむようなら観光事業収入はあきらめたほうがいい。

 最後に商品化の方法。すぐに商品のパッケージ化を考える人もいるが、それは少々時代遅れの感が否めない。押しつけ感がない、ばら売りにこそ、消費者がより強く反応する時代だ。ばら売りあってのパッケージならなお良い。こうなってくると、やはり柔軟にデジタルで集客ができる人か会社に商品化と販促を任せて、自分は成果報酬のみ費用負担する。されば自ら大きな初期投資をせずとも、新しい顧客を得られるであろう。もし商品化を外部に依頼するならDMOでもよいが、集客機能は持っていないので、エージェントを併用する必要がある。

 後で知ったことだが、天川村は日本神話の高天原に由来するという「天ノ川」が名前の由来となっているそうだ。また空海も修行したことでいまでも修行道場として名高く、女人禁制といわれる大峯山がある。南方の十津川村(由来は遠津川)には日本で最初の源泉掛け流し温泉があるという。それゆえこの地域一体は、長らく普通の人はなかなか入れない秘境だったのであろう。不便さを長所に変える、このマーケティング思考こそが地方の本当の原動力の源泉となっていくだろう。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。