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マーケティングの醍醐味

2021年8月30日 8:00 AM

 社会人に成り立てのころ、海外宣伝部に配属され、大学でも学んだことのないマーケティングという業務に取り組んだ。知らない世界ゆえ、広告代理店の方に読むべき書物を教わり、読んではみたがなかなかピンとこない。何やら理屈ばかりで退屈に感じた。

 販売業務と何が違うのか、当時はよくわからなかった。他部署の先輩に尋ねると、マーケティングとは販売する際の「工夫や差別化」のことだという。ほぼ同じ性能の商品でも売れたり売れなかったりすると。日産ではあまり売れないのに、どうしてトヨタでは同クラスの車が飛ぶように売れるのか説明してくれた。

 当時まだそれほど力のなかったホンダがいかにして日産を出し抜こうとしていたかも学んだ。そんなことがあるのかと驚いた記憶がある。その時の新鮮な気づきをきっかけに自分が生涯マーケティングの仕事をするようになるとは当時は想像すらしなかった。

 フランスにギャラリー・ラファイエットという百貨店がある。百貨店というより、お値段高めの高級スーパーと呼ぶ方が私の利用実態には合っている。パリに行った際は必ずといっていいほど立ち寄るが、お土産の品揃えが豊富なことに加え、手頃な値段で気軽に選べる各種ランチが最上階の見晴らしの良いテーブルでいただけ、店員の応対もいい。店内の吹き抜けから見える豪華な円形の天井(天蓋)も、何度見ても圧巻だ。ゆえに値段はちょっと高いが毎度行くだけの価値がある、そのように思わせてくれる数少ない店の1つとなっている。

 マーケティングとは簡単にいえば、何を、いくらで、どこで、どうやって訴求するのか、この組み合わせロジックのことである。つまり、どこよりもいいものを、どこよりも安く、あらゆるところで、あまねく全世界の消費者に知らしめる。これができるなら苦労はないが、そんな魔法はないので各社工夫するわけだ。いくつか例を挙げてみよう。

 ブランド戦略とは通常、物・サービスの品質を極限まで上げることで評判を高め、信者(リピーター)の確保を図る戦略だ。一朝一夕にはいかないので、通常は投資(時間)が必要となる。一方で価格(安売り)戦略とはいくらで売るかに最大の力点を置き、それを訴求し続けることで常に一番安いという評判を固定させ客足を確保する戦略だ。一般的なスーパーや家電量販店がよく取る。手法で使われるのがチラシなので、チラシ戦略とも呼ばれる。

 ブランド戦略を行う場合、商品・サービスの品質がまず一流である必要があり、簡単には真似できない。一方、価格訴求は2番手以下が最も取りやすい戦略だが、長期的には低迷リスクが大きく、残念ながらどのジャンルでもうまくいっている企業をあまり見た試しがない。

 ブランド戦略も安売り戦略も取らない場合にはどうするか。3つ目の大きな打ち手が差別化戦略である。誰も手掛けていない大きな価値を創造して、そのジャンルでは一番という評価を創り上げる。そこで成功してから多角化を図っていく。日本のITを代表する孫正義さん(ソフトバンク)も元はソフトウエアの流通商社に過ぎなかったわけだが、そこでの圧倒的な成功によりいまやあらゆるITジャンルに事業を拡大して、一大帝国を築き上げた。

 そもそも何で勝負するかの選択、その商品・サービスの品質、そしてマーケティング戦略の成否、この3つで勝負は決まる。勝てば官軍、負ければ賊軍。勝負の世界に努力賞などない。この緊張感こそがマーケティングの醍醐味だ。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。