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キーパーソンが語る「日本のインバウンドは終わったのか」

2021年8月9日 12:00 AM

コロナ禍で大打撃を受けたインバウンドビジネスも、ワクチン接種の進展とともに再開への期待が高まっている。遠からぬ復活に向けた課題などを探るオンラインイベント「インバウンドサミット2021」(主催MATCHA)が6月19日に開催された。同サミットからパネルディスカッションの模様を採録する。

モデレーター
青木優氏 MATCHA代表取締役

パネリスト
デービッド・アトキンソン氏 小西美術工藝社代表取締役社長
山野智久氏 アソビュー代表取締役CEO
吉田晶子氏 日本政府観光局(JNTO)理事長代理
龍崎翔子氏 L&Gグローバルビジネス代表取締役CEO

青木 アトキンソンさんが基調講演で指摘されていた、販売単価の向上・適正化、商品の高付加価値化について伺いたい。

山野 世界の観光客数は24年には19年比で96%まで回復し、国際観光収入は104~108%程度とプラスに転じる予測が示された。コロナ禍で余暇活動等が制限された結果、預貯金が世界的に激増しており、お金を持った人たちが動き出すことで旅行支出が大幅に増えていくとの話もあった。そういうなかで、販売単価の向上・適正化、商品の高付加価値化が重要であるとの指摘には全く同感だが、利益率をどこまで上げていけるかという観点も重要ではないだろうか。売上高が増加しても生産性が低ければ薄利となり、従業員に還元する給与や設備投資のための資金などが減ってしまうからだ。

龍崎 利益率を高めていくために必要なのは、どこに投資すれば最終的にその利益率を高められるのかを見極める力で、その部分のリテラシーが大変重要になる。そういう観点で私たちは、ホテル事業に加えて「Tourism Academy SOMEWHERE」という観光業界の未来を支える人材育成のためのアカデミーを作り、オンラインでの講義やコンサルティングなども行っている。

吉田 JNTOも重点方針の1つに高付加価値化を掲げている。課題は、政府目標である30年での訪日旅行者数6000万人、観光消費額15兆円の達成。このうち6000万人については近隣アジア地域の経済成長なども背景に、目標にかなり近づけるのではないか。一方で消費額はこれまでのところ目標からかなり後れを取っている。6000万人で15兆円というと1人当たり25万円になるが、現状は15万円にとどまっており、この差を埋めていかなければならない。そのためには、旅行者がより多くの支出をしたくなるような魅力ある体験や宿泊施設の提供、サービスの高付加価値化が必要になる。もう1つは北米・欧州などからの旅行者数を拡大すること。遠距離からの旅行者は長期滞在する傾向にあり、消費額が大きいことも統計上、明らかである。JNTOでは今年度、ドバイとメキシコシティに事務所を開設して、中東と中南米市場にもアプローチする。

アトキンソン 遠距離からの旅行者や富裕層の誘致などだけでは15兆円の達成は難しい。そこで、既存商品の単価の引き上げと、より単価の高い新商品を作る取り組みも必要になるだろう。一例として、5つ星ホテルの誘致等では、いままでにはなかった、より高額なゾーンの単価設定が可能になる。既存の商品も磨き上げて工夫をして、データを基に科学的に分析していくことで、そのマーケットに見合った商品や価格に変えていくことができる。さらにグランピングのように、いままではなかったような商品をどんどん取り入れていくなど新しい商品の創出が大いに求められている。

世界から選ばれるために

青木 日本が世界から魅力ある旅行先として選ばれるためには何が必要か。

龍崎 選んでもらう前段の話になるが、インバウンドのプロモーションにおける印象として、「豊かな自然があるのだから」「歴史があるのだから」日本に来て当然でしょうといったような雰囲気を感じることが少なからずある。しかし、日本に興味をもって訪れてくれる人は世界の中では少数派であり、それ以外の非関心層がたくさんいるということもきちんと認識しておくべきではないか。また、京都で他の観光事業者の方と接するなかで感じるのは、日本人客には丁寧に対応するのに外国人客への対応は少し大雑把であったりとか、外国人客の中でも人種によって応対の態度を分けるような方が少なからずいる。接客におけるそういう感覚そのものを是正することも、選んでもらえるために必要なのではないだろうか。

山野 日本の観光の魅力には「自然」「気候」「文化」「食事」という4つの要素があり、これが日本を旅行先として選ぶときの競争優位性になる。日本が世界から選ばれるためには、これらの魅力をしっかりと伝えられるようにすることが重要だ。これはコミュニケーションアイデアだと思うのだが、公平性を重んじる国民性から日本はこのあたりが非常に弱い。しかし、こういった対応力にはもっと磨きをかけられるはずで、その部分にも世界から選ばれるための伸びしろがある。もう1つはユーザー体験の向上という観点で、デジタル化をさらに進めることだ。日本の観光基盤はベースがアナログのものが多く、入場料など諸料金の支払いが現金決済のみということも少なくない。これらをデジタル化でシームレスにできれば、ユーザー体験の向上が図られ、データ活用による競争優位性を高められる。

吉田 国際観光という商品は国際競争なので、それぞれのデスティネーションやサービスの競争相手は国内ではなく、海外の大規模リゾート地であったりする。そのことを踏まえて、客観的に見て自分たちが選ばれるような魅力があるかということの検証や、商材をきちんと比較して自分たちの競争性を高めていくことが必要になる。近年はデータ類の整備が進んでいるので、これらを活用して客観的・合理的な判断や意思決定が可能になっている。一方でデータにはデータの制約もあるので、関係者の方々はぜひ海外旅行にも行っていただいて、自分たちがどういうところと競争しているのか、商材やサービスレベル等を現地で見ていただくことは非常に有意義だ。

アトキンソン 観光の基本は多様性であり、その嗜好性や旅行スタイルはさまざま。日本を一度は訪れてみたいという外国人は少なくないので、国際観光において日本が選ばれないということにはならず、一定の人数は確保できる。問題は単価だ。政府目標の6000万人達成も簡単だとは言わないが、15兆円の収入目標の方は大変な挑戦が必要になる。いま、世界との戦いになっているのは15兆円の方で6000万人の方ではない。そこのところをきちんと整理する必要がある。かつて訪日外国人客が少なかったのは、来させる工夫を十分にしていなかったからでもある。ビザの緩和をはじめ、さまざまな訪日促進策を進めるなかで、いまでは多くの人に来てもらえるようになった。肝心なのは、来ていただけた人たちにどれだけお金を落としてもらえるのかということで、来るか来ないかという問題ではない。

今後の観光戦略への進言

青木 5年後、10年後を見据えた日本のインバウンド戦略について意見を。

山野 消費額向上のための新ジャンルの商品開発と、デジタルトランスフォーメーション(DX)の2つについて触れたい。まず、外国人に限らず観光客向けの旅ナカの新ジャンルの商品開発は、まだまだポテンシャルがあるはずなので、業界全体で取り組み、単価の向上も図っていけたらと思う。コロナ禍のいまだからこそ準備をして将来に備えたい。また、業務の生産性を上げて利益率向上を図るためにはDXが不可欠。データを集め、可視化し分析することによって、顧客満足度を上げるためのサービス改善策や、単価を上げていくための方策などがデータから分かるようになる。これがDXの真骨頂であり、データに基づくエビデンスから、事業の改善活動を科学的に進めていく必要がある。いまから準備しておけば需要の回復期に万全の体制で臨めるはずだ。

龍崎 外国人観光客向けにということではなく、本質的には日本人を含めた誰に対してでも、その地域の魅力やコンテンツの価値を最大化して満足してもらえるものを作るべきだ。日本人にも高い評価が得られる体験価値であれば、おのずとその評判は海外にも広まり、外国人観光客にも来ていただける。外国人観光客が来なくなったからどうしようということより、日本人にも行きたいと思ってもらえるような旅行商品づくりや施設整備を進めていくことが大切ではないか。一方、政府等のプロモーションなどではいまだに、フジヤマ、サムライ、ゲイシャ、スシといったような押し出しがある。しかし例えばいまの日本にはサムライはいないし、外国人観光客には日本人にとっては当たり前すぎるような普通の暮らしぶりを体験できる方がリアリティーと価値があると思っていただけることもある。そういうリアルライフに沿った見せ方をもっと出していくプロモーションもあってよいのではないか。

アトキンソン 日本の観光戦略の目的は観光によって人が稼げるようにすることで、それを実現するためにどうすればよいのかということに専念してもらえればいい。また、人類の長い歴史を見ると、パンデミックは必ず乗り越えることができ、観光の需要が戻ることは間違いない。そういうなかで私が思うのは、観光をとにかくビジネスにしてほしい、感覚的な判断によるものではなく、データによる科学に基づいた本物のビジネスにしてほしいということ。もう1つは、情報発信についてよく考えてみるべきではないかということだ。情報発信にだけ大きなお金をかけて、それで観光戦略ができているつもりのDMOも少なからず見かけるが、例えばその予算を環境整備にも充てて、訪れる価値がより高い地域や施設にしていければ、いまの時代は口コミで情報が広がり、気づかないうちに、すごい人数が訪れてくるという例はいくらでもある。遊びではない、本物のビジネスにしていただきたい。

吉田 課題はいくつもあるが、地方への誘客拡大、地方への分散化は大きく後れを取っている。これを変えていくためには、地方への投資や楽しみ方の多様性を図れるような努力が一層求められる。JNTOではこれらの取り組みをサポートし、その成果を情報発信していく。

あおき・ゆう●1989年生まれ。明治大学国際日本学部卒。在学中に1年間休学、世界一周の旅に出る。2012年ドーハ国際ブックフェアー運営に従事。大学卒業後、デジタルエージェンシー「augment5」に所属。13年にMATCHAを設立し現職。

David Atkinson●オックスフォード大学(日本学専攻)卒業後、大手コンサルタント会社やゴールドマン・サックス証券会社を経て、09年に小西美術工藝社取締役に就任。11年代表取締役会長兼社長、14年から現職。

やまの・ともひさ●明治大学法学部卒。リクルートを経て11年にアソビュー創業。レジャーDXをテーマに、日本最大級の遊びの予約サイト「アソビュー!」、アウトドアアクティビティ専門予約サイト「そとあそび」などを運営する。

よしだ・あきこ●京都大学法学部卒。1988年運輸省(現・国土交通省)入省。大臣官房審議官、関東運輸局長などを経て2020年から現職。JNTOでの勤務はニューヨーク事務所次長(00~03年)、理事(15~17年)に次いで3度目。

りゅうざき・しょうこ●1996年生まれ。2015年に起業。ソーシャルホテルをコンセプトに「HOTEL SHE,KYOTO」を開業、「THE RYOKAN TOKYO」などの運営を手がける。ホテル予約システムや観光人材育成のアカデミーも運営する。

【あわせて読みたい】インバウンドのキーパーソンが語る-99.9%からの逆転シナリオ[1]

Endnotes:
  1. インバウンドのキーパーソンが語る-99.9%からの逆転シナリオ: https://www.tjnet.co.jp/2020/09/07/%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%90%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%83%89%e3%81%ae%e3%82%ad%e3%83%bc%e3%83%91%e3%83%bc%e3%82%bd%e3%83%b3%e3%81%8c%e8%aa%9e%e3%82%8b%ef%bc%8d99-9%ef%bc%85%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae/