こわくてみれない
2021.07.19 08:00
海開きの季節。藤沢市は江ノ島や鵠沼などの海水浴場オープンを決めた。一方、隣にある由比ヶ浜などの鎌倉市の海水浴場は昨年に続き今年も閉鎖する。鎌倉から海沿いを走ると、しばらくの間は閉鎖中の海水浴場が、途中から人で賑わう不思議な光景が見えそうだ。
もっとも、この夏湘南の海を目指す若者や家族連れが、市の境目を理解して行動するかどうかは疑問だ。結局、道路は渋滞し、それなりに多くの人が繰り出すだろう。対策を万全にしながら営業を許される海の家は盛況となり、2年連続で休業させられるほうはさらに大きなダメージを受ける。隣町同士怨嗟の念が湧き上がり、根拠のない中傷合戦が起こる。仲裁する手立てを誰かが模索しているうちに夏は終わる気がする。
こんなことが日本中で起きている。そろそろオープンデータで作成する「ニッポン海水浴場営業・非営業マップ」「ニッポン夏祭り開催・非開催マップ」が必要かもしれない。それを見れば、いかに地域が根拠に乏しい規制で地域の経済と文化や歴史をないがしろにしているか否か、まだら模様の日本の姿が見えてくる。
報道によると、鎌倉市が海水浴場の閉鎖を決断したのは市民へのアンケートで約8割が反対したからだという。憶測だが、単に海水浴場を開けるか否かの2択で聞いていたりしないだろうか。
GoToトラベルに最も反対していたのは、そもそも旅行経験が乏しい、多くは3年に1度も旅行しない層であった(20年7月、当社調査)。五輪に興味がなく、最初から観戦する意向がない層ほど五輪への反対意見が多いことも報じられている。それらをひとまとめに「市民の声」と報じるマスコミとそれに右往左往する行政。多様化の世の中とは裏腹に、どんどんゼロイチの迎合型に突き進んでいることは、将来の日本の成長にかなり大きなブレーキとなるだろう。
マーケティングに必要なのは与件。現状認識とそれに基づいて示される複数の仮説の中から選択肢を導きだすのが基本中の基本だ。いまのコロナ禍のさまざまな「調査」や「データ」は、こうした与件なく語られている。海水浴場をひと夏閉じると地域経済でダメージを受ける企業の数、失う観光客からの収入、それに伴う税金の減収はいくらか。その減収を補うためには住民税はいくら上げる必要があるのか。そしてそれと引き換えに救える命の数、または医療機関が逼迫しない感染レベルの提示。本来アンケートは2択ではなくこれらを示して問うべきだ。
先日、セントラルフロリダ大学の原忠之先生から、米国のDMOでは自らのミッションに「観光が地域住民にとっていかに重要かを伝えること」があるという話を教えていただいた。観光客が支払ったお金があることで市民税が安く抑えられていることを解説する動画を作成しているDMOも多数ある。「Power of Tourism」で動画検索するとその種の動画が多数出てくる。では、「旅のチカラ」と日本語で検索してみたら…案の定何も出てこない。この差は大きい。
これから観光がいち早く復活する地域は、昔からその重要性を地域住民の多くが理解する取り組みをしていた場所だ。小学生に観光教育をしてきた沖縄、門掃きを推奨し街を美しく保ちその姿を観光客に魅せることを推奨してきた京都。コンテンツのアドバンテージだけに頼らない、たゆまぬ地道な努力が再び花開くその頃、集客数や消費額には大きな地域格差が発生しているに違いない。
「観光の重要性地域啓蒙レベルマップ」を作ってみたら、日本はどんな姿に見えるのだろう。怖(こわ)くて見(み)れないほど真っ白なものになりそうで。
高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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