ツーリズムの再開とワクチンの有効性

2021.07.12 00:00

 ワクチン接種率が高い欧米諸国でツーリズムの回復も近いという雰囲気が強くなっていることが度々報じられている。米国のツーリズムサイトが「コロナに世界で最もうまく対処したが旅行を再開するのは世界最後になりそうなアジア市場」という記事を掲載している。アジアの市場で働くわれわれからすると不愉快なタイトルだが、内容はそれほど間違っていない。

 昨年6月に同サイトは「いま米国人旅行者を受け入れたがるところがあるだろうか?」という記事を載せ、世界最大のコロナ感染者と死者を出している米国は旅行先としても旅行市場としても最下層に位置するとした。いまそれはインドかもしれない。タイは昨年末に世界保健機関(WHO)がコロナ対策の成功例と褒めたたえたが、今春には最悪の感染拡大を招いてしまった。

 今年のアジアの状況は20年と同様、あるいはそれ以下かもしれない。日本、マレーシア、ベトナムでも感染者数が増え続ける。一方で昨年は最悪だった欧米諸国はワクチン接種を世界に先駆け推進したため、多くの国や地域で旅行が解禁されつつある。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、20年のツーリズムの世界経済への寄与は前年のほぼ半分の4兆7000億ドルにとどまり、6200万人の職が失われたという。ツーリズムが雇用と経済に果たす役割の大きさがあらためて示され、その回復が世界経済全体の回復に向けた重要な要素となるという認識は各国に共有されている。ツーリズム回復にいち早く取り組むのは欧米諸国になりそうだ。

 米ブルームバーグによると、ワクチン接種の拡大により国際交流再開のチャンスが見えるなか、接種するワクチンの種類で訪問可能な地域が異なってくる可能性が生じつつある。例えば欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は米国で承認されたワクチン接種を済ませた米国人が今夏、EU域内に隔離措置なしに渡航することを認めると表明したが、裏を返せば米国が承認していない中国のシノファームやシノバックのワクチンを打った人は未接種者と同じ扱いをされる可能性がある。一方で中国は現状、自国開発ワクチン以外の有効性を承認しておらず、欧米開発のワクチン接種者はそのメリットを中国訪問の場合は享受できない。

 EUはワクチン接種済み、あるいはコロナから回復済みの人を対象にワクチンパスポートを近々導入する方向で、その保持者は少なくともEU域内ではかなり制限なしで移動することが可能になる。ここで問題になるのはワクチンの有効性を誰が判断するのかという点である。EUの計画ではEUが承認したワクチンはもちろん有効だが、WHOが緊急使用を承認したワクチンも有効と認めることを加盟各国に促すとしている。ただし、EU承認のないワクチンを有効とみなすかどうかの最終判断は各加盟国が行う。とりわけ注目されるのは中国製ワクチンの有効性をどう判断するかだ。

 日本のインバウンド回復を考えたときに、中国製ワクチンの評価をどうするかは大きな影響を及ぼす。アセアン諸国でも中国製ワクチンを使っている国々があるためだ。中国製ほどの広がりはないがロシア製ワクチンにも同様のことが起こり得るので、産業界も検討を始めるべきだろう。

グループ4●旅行業界と外国政府観光局で永年キャリアを積んできた4人により構成。大学の観光学部で教鞭をとったり、旅行業団体の幹部経験者もいる。現在、外国メディアで日常的に海外の観光・旅行業界事情に接し、時宜に応じたテーマで執筆している。

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