Travel Journal Online

マッチポンプとは言わせない

2021年5月3日 8:00 AM

 某清涼飲料水のテレビCMが動画サイトで先行配信されると、ツイッターでたちまちバズった。公式チャンネルでの再生回数は、配信から3日たった本稿執筆時点で100万回に迫る。若手女優の登竜門とされる当該CM。今年は15歳の高校生がヒロインに選ばれた。存在感のある演技やみずみずしい表情に思わず引き付けられる。CGを使わないセットでの表現力や映像の美しさも目を見張るものがあった。

 他方思ったことは、「また女子高生か」。それにスカートを翻しての全力疾走は青春の表現手法として既視感満載。おなじみの記号を「ものすごい技術」で撮る。現在地でのクリエイティブの限界を感じた。そして話題になってからリリースするならまだしも、わざわざ本編と同時にメイキング映像を公開するとはいやらしい。作り手の自己満足が強調されていて下品に思う。

 広告クリエイティブやオンラインコミュニケーションのキャンペーンから生まれるバズは、「『これはいい!』って言わないといけないのだろう」という業界関係者の声で作られる。大学院で広報や広告を研究した経験によるものなのだろうが、ついそのように捉えてしまう。

 広告業界内の評価と消費者の評価。その視点は全く別のものだ。このバズは業界の内輪で盛り上がっているだけではないのか、真に届けるべき人へ伝わっているのかという見方を忘れてはいけない。どのように作ったのかという話題ばかりで、どのようにブランディングに貢献するために作られたのかという議論は巻き起こらない。その場で表現されるメッセージやコンセプトが受け手に伝わらなければならないのが広告で、必ずしもそれらが伝わる必要はなく受け手によって発見されるものがアートとされる。

 広告はアートではない。制作スタッフの役割は「いい映像」を作ることだから、クラフトとしてのCM評価は必要だ。一方、広告主や代理店に問われるのはその「いい映像」のもたらす効果だ。単なる「いい作品」で終わることは許されないはずだが果たして。

 さて昨今では珍しく、旅行会社がGoToや赤字決算以外で話題を提供した。バーチャルでの訪日を体感できるデジタルプロダクトのPR動画が大きな注目を浴びた。先述のポカリには及ばないが、公開から5日間で25万回以上の視聴数を稼いでいる。当該企業のユーチューブ公式チャンネルの多くの動画は3桁の再生数にとどまるため、断トツの注目度といえる。しかし、それはバズではなく炎上によるものだった。

 20年前ほどのグラフィッククオリティーで描かれた仮想空間を誇らしげにPRする様子に総ツッコミが入った。評価数は伏せつつなぜか開放されているコメント欄には、低品質なクリエイティブへの批判が並ぶ。それにとどまらず、デジタルから取り残された会社や経営陣に対する哀れみや、今度は中抜きを「される側」に陥ったとの同情の声が相次ぐ始末。

 ただ、炎上狙いとの指摘は的外れだ。炎上でプロダクトの認知度が上がることより、ブランドイメージが毀損されることを企業は嫌がる。バズとは違って炎上は意図せず起こり、結果として企業やプロダクトへのネガティブな関心を形成してしまう。事実、そのとおりに事は運んだ。

 ネットニュースの取材に「グラフィックを極めるのが目的ではない」と当該企業。安穏と構えているようだが、消火を施したうえでローンチしなければ「内輪」の批判で終わることなく世界のユーザーに「メッセージ」が届いてしまう。そんな危機感がもし欠けているなら恐ろしい。広報・広告は軽くない。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。