遊動の時代 新たな旅のデザインへ

2021.04.26 00:00

(C)iStock.com/hadynyah

世界は遊動の時代に入ったという説がある。多拠点居住のニーズが高まり、新たなサービスが社会に実装されつつあるのも事実で、定住から遊動への流れと見なすこともできる。これまで定住者を顧客の前提としていた観光業界だが、拡大する遊動人口に向けた旅の提案を真剣に検討すべき時期に来ている。

 「世界は遊動の時代に入った」。日本学術会議会長や京都大学総長を務めた霊長類学者の山極壽一氏はこう指摘する。人類は長きにわたり狩猟や採集をしながら遊動生活を送ってきたが、農耕や牧畜の発明に伴い生活形態が変化し、現代人にとっては定住生活が当たり前となった。それから1万年以上を経て、人類は再び遊動生活を選びつつある。われわれはそういう時代の大転換期に立っているのかもしれない。

 自らが生きる時代がどのように位置づけられるのか、その時代の当事者には見えづらい。しかし実際に現在の社会で起きている事柄を見れば、確かに遊動の時代の兆しを感じる。

 急速に注目を集め始めているワーケーションやリモートワークも、こうした遊動の時代への流れに連なるものと考えられる。政府は3月19日、国民1人1人が真に豊かさを実感できる住生活の実現に向けた施策の基本となる新たな住生活基本計画を閣議決定した。その中で多拠点居住などの動きに触れ、「コロナ禍を契機とした生活様式や働き方の変化は、単にそれに伴う住まい方の変化に留まるものではなく、勤務場所に縛られないライフスタイルや二地域居住・地方居住、ワーケーションといった暮らし方や生き方そのものについて新たな価値観をもたらし、ポストコロナの豊かな人生を実現するための重要な機会を提供する」との考えを示した。そのうえで、テレワーク等を活用した地方、郊外での居住や二地域居住など複数地域での住まいを実践する動きに積極的に対応していく姿勢を打ち出した。

 同計画の閣議決定に先立つ3月9日、国土交通省は全国二地域居住等促進協議会を立ち上げた。都市と地方の二地域居住を促進するのが目的で、地方自治体やサービス提供事業者などで構成。自治体、移住・交流推進機構、シェアリングエコノミー協会など、3月17日現在で628団体が参加し、国交省国土政策局地方振興課が事務局を務め、内閣官房・内閣府、総務省、農林水産省が協力する。国交省はこれまでも二地域居住の推進に取り組み、各種調査事業やモニター事業を実施してきたが、コロナ禍で進んだと考えられる二地域居住の流れをさらに加速したい考えだ。

遊動ニーズ捉えたサービス続々

 遊動の時代に即したサービスの開発も進んでいる。全国二地域居住等促進協議会にも参加するスタートアップのアドレスは、19年に開始した多拠点コリビングサービスを全国に広げている。月4万円の定額制で全国住み放題をコンセプトとする事業のきっかけは、佐別当隆志代表取締役社長自身が多拠点生活の願望を持ち、「同じような希望を持つ者が20~40代に増えている」という感触があったからだ。実際に利用客層は20~40代が70%を占め、女性客も3割ほどいる。職業別に見るとフリーランスが中心だが、会社員も3割ほどいて広がりをみせている。主たる生活拠点を持ったうえで多拠点生活を楽しむ者が多数派の一方で、主たる生活拠点を持たずにアドレスの施設を転々とする利用者も存在する。まさに遊動の時代を象徴するようなニーズが実際に存在するわけだ。

 遊動ニーズに対応したサービス開発は大手企業も高い関心を示している。アドレスは19年にJR東日本グループと資本業務提携したほか、20年には全日空と連携し、航空券と滞在を定額で提供する実証実験も行った。

 毎月定額制で世界36カ国・地域509都市の735拠点に滞在できるサービス「HafH(Home away from Home=ハフ)」を提供するカブクスタイルはJR西日本グループと共同で、20年7月と21年4月の2回にわたり実証実験「JR西日本×住まい・ワーケーションサブスク」を実施。JR西日本の新幹線・特急などが約40%割引となる特典と定額制多拠点居住サービスの可能性を探っている。

【続きは週刊トラベルジャーナル21年4月26日号で】

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