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サンリオエンターテイメントの小巻亜矢社長が語るニューノーマル時代の取り組み

2021年4月12日 12:00 AM

東京都と東京観光財団は2月4日、都内で観光活性化フォーラムTOKYO2021を開催した。基調講演にはテーマパーク「サンリオピューロランド」を運営するサンリオエンターテイメントの小巻亜矢代表取締役社長が登壇。再生の立役者として注目される小巻社長はコロナ禍にどのような決断をし、アフターコロナ時代につながる新たな気づきを見いだしたのか。

 サンリオピューロランドは長らく低迷が続いていた来場者数がV字回復を遂げ、ここ数年は業績も右肩上がりで、メディアでもたびたび注目していただくなど、テーマパーク事業はとても好調でした。それはひとえに、挑戦して学びをつかみ取っていく「Try&Learn」を積み重ねてきた、社員一人一人の努力の賜物であり、みんなの苦労が結実した結果に他なりません。

 社員のモチベーションも高く、今後いかにビジネスを成長させていくか、そのためには何をすべきかなど、社員一丸となって熱く語り合えるような雰囲気で、われわれの前途には希望しかありませんでした。そんな「まさにこれから」という時期に突如として世界中に広まった新型コロナウイルス感染症は、サンリオピューロランドの経営にも非常に大きな影響を及ぼしました。

 20年1~3月といえば、新たな集客の山を創造するためのイベントが数多く予定されていた時期です。女子の大好きなスイーツをテーマにしたイベントや、イースターのイベント、アーティストとのコラボなど、どれも練りに練った企画で、非常に多くの動員を見込んでいました。 

 しかし、新型コロナウイルス感染症が急拡大する国内状況を鑑み、私たちは20年2月22日より休館することを決断しました。22日は3連休の初日で、期待の新イベントも予定していた節目の日。よく「ピューロランドさんは決断が早かったですね」と言われるのですが、このタイミングでの休館はわれわれにとっても苦渋の選択だったわけです。それでも休館を決めた理由は、サンリオピューロランドは屋内型の施設であり、感染防止策の要である3密を、よりシビアに捉えなければならないという事情があったからです。

 サンリオピューロランドはみなさんに笑顔になっていただくために営業している施設です。そのような施設で万が一クラスターが発生すれば、たとえ再開できたとしても、いままでのように笑顔で会える場ではなくなってしまいます。「いまは売り上げや動員数よりも信用が一番大事だ」という、創業者の辻信太郎会長の言葉にも背中を押され、国内テーマパークの中でいち早く休館を決めました。

 休館が決まっても、社員のモチベーションが下がらないのが、いまのサンリオピューロランドの強みです。むしろ、「お客さまをお迎えしていないいまだからこそできること、いまやるべきことをやろう」という高い意識で、社員一人一人が真摯に自分の仕事に取り組みました。

休館中も絆を絶やさず

 例えば、栄養たっぷりの新しいメニューを開発したり、再びお客さまをお迎えできる日のために、ダンスの練習に熱心に取り組んだり。館内の清掃も普段以上に念入りに行う者もいました。

 このように、休館中も大切なお客さまをお迎えする準備をしていることが広く伝わるように、「休んでたって、ここにいるよ」「虹はみんなの上に」という動画を作成して、私たちのメッセージをお客さまに向けてお届けしました。

 動画を作成した目的は主に2つあります。1つはお客さまとの絆が途切れないようにすること。もう1つは、休館が長引くにつれ、誰もが不安な気持ちになるなか、メッセージを発信し続けることで仕事へのモチベーションを高め、スタッフみんなが自らの元気を維持していたのです。

 結果的に休館は5カ月にも及びました。これほど長期の休館を余儀なくされるとは、当初は誰も想像していませんでした。先が見えない苦しい時期も、社員はみなオンラインを通してお客さまとのタッチポイントを途切れさせないことを常に意識していました。みなさまにお届けするはずだったイースターのショーをはじめ、さまざまな動画をライブ配信プラットフォーム「SHOWROOM」とコラボレーションして配信したのもその1つです。

 また、休館中も「キャラクターに会いたい」というファンの切実な思いに応えるために、「オンライングリーティング」を企画しました。わずか2分で4000円という値段設定には社内からもさまざまな意見がありました。しかし、結果的に大きな反響を呼び、発売のたびに即完売するなど、お客さまに大変喜んでいただくことができました。直に会うことはできなくても、大好きなキャラクターとお揃いのコスチュームを身に着けて、自宅のお部屋で人目を気にせず、オンラインを通して1対1で大切な2分間を過ごせる。そんな没入感が非常に好評で、「4000円では安いです」という声すらいただきました。売り上げ的にはそれほど大きくはありませんでしたが、社員が「4000円の価値」というものを実感できるイベントとなりました。

 このほかにも「♯おうちでピューロ」と題して、定期的にツイッターで何かしら配信するようにしていました。例えば、歌手の星野源さんが発信して話題となった「うちで踊ろう」の動画にキャラクターがコラボしたり、オンライン会議でも使用できる壁紙をサービスしたり。定期的に配信することによって社員からさまざまな新しいアイデアが出てきましたし、そこからさらに他社とのコラボに発展するなど、社内外のネットワークが大きく広がったことは思わぬ収穫でした。

 コロナ禍の新たな試みとして立ち上げたEコマースは、「買い物ができない」というお客さまのストレスを軽減するため、そして会社としても少しでも売り上げにつなげたいという思いで急遽始めたものです。しかし、単に通信販売を立ち上げたということにとどまらず、エンターテイメントを提供するサンリオピューロランドらしく、いろいろなキャラクターやダンサーに紹介動画へ登場してもらい、みなさまに楽しみながらお買い物をしていただけるひと工夫を加えました。

 コロナ禍は苦しみが多いですが、新たな気づきもありました。想定外の長期休館で時間ができた分、いつかやろうと思っていた課題に取り組み、進化できたこともあります。例えば、これまでオンライン配信は外注していましたが、社内で対応できるスキルを社員が習得したこと。また、休館中に寄せられたお客さまからの励ましの言葉や応援のお手紙などを通して、サンリオピューロランドの存在意義を見つめ直すこともできました。

逆風をプラスにデジタル化推進

 これまでは、サンリオピューロランドの最大のアセットは「キャラクターに会える場所であること」だと考えてきましたが、お客さまにお会いできない時間の中でも再開を心待ちにしてくださる方々とつながるうちに、私たちはみなさまに「心の安心」を届けているのだと気づいたのです。その気づきの下、ニューノーマル時代の新しい戦略として、サンリオピューロランドがいま取り組んでいるのが、リアルな世界だけでなく、オンラインでバーチャルに世界中の方々とつながることができるデジタルコンテンツの充実です。

 オンライン上で楽しめるコンテンツをわれわれから提供するだけでなく、一緒に作っていただこうという視点で「Digital KAWAII Awards in Sanrio Puroland」も開催しました。企業とのコラボレーションも活発に行っており、NTTドコモと共同でオンライン上のシューティングゲームを開発し、テーマパーク初のMRアトラクションを導入しました。また、パーク内のイベントと連動させて、スマートフォンで完結する、AR(拡張現実)を駆使したペーパーレスなスタンプラリーなども新しく始めています。

 アフターコロナ時代を見据え、今後はさらなるデジタル化を進めます。リアルだけでなく、オンラインでつながるコンテンツを提供することで、家にいながらサンリオピューロランドの世界観を感じてもらえる。世界中のどこからでも楽しんでいただける。そんなテーマパークに成長させていくことが私たちの新たな目標です。

 サンリオピューロランドは20年12月7日に開業30周年を迎え、「私たちはKAWAIIで世界を塗り替える」と宣言しました。自分たちらしく「Try&Learn」を繰り返しながら、お客さまに楽しんでもらえるデジタルコンテンツの開発をさらに進めていきます。同時に、今後は「遊びに行く場所」「楽しい施設」という従来の枠を超えて、地域に必要とされるテーマパークとなって、地域とともに社会問題を解決していく会社にならなければならないと考えています。そして、「心の安心をお届けする会社」のあり方として、SDGsの推進を新たなミッションに掲げました。

 当社は19年にSDGsプラットフォーム第1回全国大会を館内で開催し、SDGs達成に資する優れた取り組みを行っている企業・団体を表彰しました。20年には女性への暴力根絶のための啓発活動に賛同し、パープルリボンにちなみ、姉妹施設である大分ハーモニーランドの観覧車を紫色にライトアップした実績があります。

KAWAIIで世界を塗り替える

 このほかにもハローキティが全国のゆるキャラと一緒にSDGsを推進する取り組みをはじめ、さまざまな取り組みが始まっています。コロナ禍を経験し、自分たちが世の中から何を期待され、何を提供する会社になるべきかを、社員一人一人が突き詰めて取り組むこの活動は、主婦時代を経て、時に子育てにつまずき、闘病を経験しながらも、女性の精神的・経済的自立を目指し、女性活躍支援の仕事に長く携わってきた私の思いとも合致するとてもやりがいのある仕事です。今後、SDGsを1つの指標として、「心の安心」を提供するサンリオピューロランドが社会課題にどうアプローチするかもぜひご注目ください。

 世界中のパートナーシップによって、17の目標達成をめざすSDGs。その中心にみんなを幸せにするキャラクターがいることで場が和み、誰1人残すことなく難局を乗り越えていく。そんな役割を担い、観光業のみなさまと共に元気になっていけるよう、これからも歩みを進めていきます。

こまき・あや●東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1983年サンリオ入社。結婚退社、出産などを経て関連会社に復職。2015年サンリオエンターテイメント取締役、16年サンリオピューロランド館長、19年6月から現職。多摩市観光まちづくり協議会会長。