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『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』 哀しくも魅力ある男の悲喜劇

2021年4月12日 12:00 AM

河野啓著/集英社刊/1760円

 18年5月、8度目のエベレスト挑戦中に滑落し帰らぬ人となった栗城史多、享年35歳。「七大陸最高峰単独無酸素登頂」を掲げ、高峰に次々と挑戦。さわやかなルックスと達者なトーク力もあり、メディアで盛んに取り上げられた。だがやがて登山界から登頂への疑問の声が上がり、さらにエベレスト登頂失敗が重なるうちSNS上ではいわゆるアンチが彼の登山検証を行い、逆風が強まるなかでの事故だった。

 遭難の話を聞いたとき、正直、(ついに)と思った。私は登山家ではないが、ネパールにも多少は関わってきた身なので、ショー化していた彼の山行の雑さはわかる。凍傷で指を切断したときも、「わざとじゃないか」という噂が流れ、(まさか)と思っていたが本書にはその可能性もほのめかされていた。こんな哀れな話はあるだろうか。周りの人はなぜ止めなかったのだろうか。

 本書は栗城氏のドキュメンタリーに携わっていた映像ディレクターが彼との関わりや決別に至る流れ、そして死後あらためて関係者を取材した、20年開高健ノンフィクション賞受賞作だ。

 もともとお笑い芸人になりたかったという目立ちたがりの栗城少年。身体能力にも恵まれ愛敬もあったが、山への敬意や努力する才能、粘り強さといった登山家に必要な資質は持ち合わせていなかった。メディアやファンは彼の承認欲求を満たしたけれども、同時に盛り上がるアンチの存在は彼の心のバランスを崩していったのだろう。

 「ドン・キホーテだよね」。彼を知る人が死後評した言葉だ。人を惹きつける魅力があったことは間違いないが、すべてを掛け違えて死に向かっていった栗城氏。哀しい男の悲喜劇を読まされたような、なんともいえない読後感だった。つらいけど超おすすめの1冊。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。