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だから言ったのに…

2021年3月29日 12:00 AM

 ギリシャ神話にカサンドラという美しい女性が出てくる。その美しさに太陽神アポロンは恋をしてしまう。神託の神でもあるアポロンは、恋人になるなら予言能力を授けると約束する。しかし、予言能力を授かった瞬間、アポロンに捨てられたみじめな自分の姿を予言してしまう。そして、カサンドラは逃げてしまった。

 怒ったアポロンは「彼女の予言を誰も信じないように」と付帯条項を付けた。神様といえども、一度与えたものは取り消すことができないのだ。このカサンドラこそ滅亡したトロイのプリンセスである。パリスがヘレネをさらってきた時も、木馬を場内に運び込んだ時も、トロイの滅亡を予言したが、誰一人信じてもらえず、戦争に負けて奴隷となってしまう悲劇のプリンセスである。

 ギリシャ神話の神々は実に人間臭い。美しい女性を口説こうと、さんざんプレゼントをした揚げ句フラれる。返してくれとは言えず、呪いをかけようなんて現代でも聞く話だ。そして誰もが、未来を予言して忠告したものの誰にも聞き入れてもらえず、予言通りトラブルが起こり、「だから言ったのに…」とつぶやいたことが1度や2度はあるだろう。当然、それは予言でも何でもない。社会人経験も長くなると、ただ単に以前にも同じような経験をしたことがあるだけで、どちらかというとデジャブに近い。

 しかし、トラブルに向かって一直線という状況になっても、人はなかなか止めることができない。1人でも難しいが、プロジェクトのように複数の人間が絡んでくるとなおさらである。一応、皆には意見を伝えてみる。それぞれの立場や意見が入り乱れ、リーダーも判断を先送りしてしまう。そして、プロジェクトは何ごとも変わらずにトラブルへと突き進む。誰が悪いわけでもない。いわば皆が悪いのだが。

 これはプロジェクトだけではない。コロナ感染対策についても同じようなことが毎日繰り返されている。そして、「だから言ったのに。政府にはもっとちゃんとした対策を考えていただきたい」とマスコミは繰り返すだけだ。

 ギリシャ神話の成立は古く、紀元前15世紀くらいまで遡る。シュリーマンによって発見されたトロイの遺跡によれば、紀元前1200年頃に滅亡するような戦争が起きたと推測されている。その頃から文明は進歩しているかもしれないが、人類自体は進歩していない。だから、3000年以上前の出来事に共感できるのだ。

 年度末になって、「だから言ったじゃない」と思っている人も多いのではないだろうか。ただ、だからといって諦めてはいけない。新年度では、そんなことにならないように努力すればいい。アルベルト・カミュは、同じギリシャ神話の登場人物で、山頂付近になると意思を持ちふもとまで転がり落ちる岩を山頂まで持っていく罰を受けたシーシュポスについてこう言っている。「彼の行いはまったくの無意味であるが、人間が動物と違うのは、無意味と知りつつも努力することにある」と。

板村康●ウィラー地方創生チームプランニング・リーダー。アパレル営業、マーケティングプランナー、幼児教室運営などを経て、09年にウィラーグループ入社。社長室でブランディング・広報などを担当し、法務、R&Dなどを経て現職。日本海縦断観光ルート・プロジェクトを担当する。