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『女将は見た 温泉旅館の表と裏』 伝統文化支える存在たるゆえん

2021年3月1日 12:00 AM

山崎まゆみ著/文春文庫/650円+税

 「部屋に温泉風呂がなくてがっかり」

 とあるGoToトラベル利用者から旅館「楽遊」に寄せられた口コミだ。

 ええっ、全室ユニットバス、ってどのサイトにも写真説明載せてるけど、とびっくりしたものの、日本人の強固な「旅館」像を思い知った件だった。

 旅館て日本の文化だよなあ……。

 読了後、あらためて考え込んだ。

 本書は温泉エッセイストの著者が、温泉旅館の女将たちを描いた1冊だ。

 120年続く家業を継ぎ東日本大震災下でも奮闘した女将、コロナ禍で閉館を決意した女将の最後の1日など、読み応えあるルポやエピソード集、匿名座談会、ライフハックコラムなど中身はバラエティー豊か。軽く読める内容も多いし、多くの方には「温泉旅館のいい話」として読まれるだろう。が、同じ業界にいて、かつライター業で SDGs的観点から観光業や雇用問題について書く機会もあったりするせいで、ページを繰る手がたまに止まってしまう。

 たとえば、「何が働き方改革だって思います。私は“働かない改革”と言っていまして/仕事を覚えさせられないですから」(座談会より)とか、旅館閉館日、当然来る大勢の客が騒がしく食事できないから帰ると怒るゲストを「私に免じて」と許してもらった話とか。後者なんか、今どきのクレーマーか、よくあるかまってちゃん客では。

 うーむしかし、こういう仕事感覚や、お客を巧みにさばく女将の姿が美談として旅館文化を支えてきたわけで。座談会での「旅館って家業なんです/家業だからこそ、自分の時間を投げても働けるんです」という言葉に納得だ。

 私も立ち位置的に間違って「女将さん」と呼ばれることもあるが、まず心構えが一光年違う。尊敬というか、畏怖の念を持って本を閉じたのであった。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。