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東大の藤本隆宏ものづくり経営研究センター長が語るアフターコロナ時代の地域産業観光

2021年2月1日 12:00 AM

全国産業観光推進協議会や桑名市などが主催する「全国産業観光フォーラムin桑名」が開催された。11月18日の基調講演はオンライン形式で実施され、東京大学大学院経済学研究科の藤本隆宏教授が登壇。コロナ禍後の新時代における日本のものづくりと産業観光のポイントについて解説した。

 私の専門であるものづくり経営学とは、プロダクション ・アンド・オペレーション・マネジメント、いわゆる生産管理などについて研究するもので、その対象は製造業が中心ではありますが、広い意味のものづくり経営学の発想はサービス業や農業等にも応用できます。ですからトヨタの現場でカイゼンを知り尽くしたプロフェッショナルは、工場だけでなく農場、スーパーマーケット、ホテル、郵便局あるいは病院でもカイゼンを指導し成果を上げています。つまりサービス業や観光と、産業との接点の部分に、ものづくりの考え方があるということです。

 われわれは現場の観察から理論を考えます。現場とは付加価値の生まれる場所であり、付加価値がお客さまに向かって流れていく場所のことです。具体的には工場や店舗、サービス拠点などが現場に当たります。また開発センターも設計情報という付加価値が生み出されるという意味で現場といえます。そうした現場が世界経済、日本経済を支えています。設計情報が似た現場が集まれば産業、1つの資本のもとにある現場が集まれば企業、また地域の産業集積とは同じ空間にある現場の集合体だといえます。そして1国の経済、世界経済、アジア経済はいずれも産業、企業、地域の集まりであり、その全部を支えているのが現場です。

 現場は産業の一部として顧客満足を通じた付加価値貢献をし、また企業の一部として付加価値を生み出し利益に貢献します。さらに地域の一員として祭りへの参加、工場見学への門戸開放、近隣の学校での特別授業の実施といった形で社会貢献しますが、最も大きな地域貢献は安定雇用です。つまり、地域に根差した工場や企業を目指すには、付加価値創出、利益貢献、雇用維持の3つの条件を満たす必要があります。

 日本には何百年も前から近江商人の言葉として「三方よし」、英語で言い換えればマルチプル・ステークホルダーという発想があり、グッド・フォー・ザ・カスタマー、グッド・フォー・ザ・コミュニティー、グッド・フォー・ザ・カンパニーを同時に満たさないと、長期的には地域に根差した企業になれないという教えが受け継がれています。これがなければ現場や企業は2年、3年は維持できても10年、50年、100年と生き続けることはできません。このことは極めて重要で、国際競争の厳しい成熟経済の場合、生産性向上と需要創造を同時に行わないと上記の3条件は満たせないということは、簡単な経済モデルに当てはめても厳密な証明が可能です。

 たとえば、トヨタ式の生産管理で生産効率をどんどん上げて競争力を高める方法だけでは、成長経済下であればまだしも、低成長経済のもとでは、余剰人員の発生、従業員の解雇、地域での信用喪失、従業員の士気低下の連鎖により、その企業はその地域で長く存続はできません。必ずこの「三方よし」の考え方がないと長続きしないのです。国内であれ海外であれ、トヨタ方式と「三方よし」が車の両輪にならなければトヨタ方式は定着しないし成功しません。これは製造業だけでなく観光業についても同じことがいえると思っています。

付加価値の流れは製造業も観光業も同じ

 ですから製造業と観光業に相通じる部分があるという前提で、まずは製造業におけるものづくり経営学の基本的な考え方について説明し、その後で観光業への応用についてお話しします。

 ものづくり経営学の基本は、現物の製品は設計情報を媒体に乗せたものだということです。もともとはアリストテレスが発想した「個物イコール形相プラス質料」という形而上学の応用で、個物を人工物、形相を設計情報、質量を媒体と言い換えれば、同じ論理を意味しているのが分かります。たとえば500円で販売されているコップの直接材料費が200円とすると、付加価値分は300円となります。ではこの付加価値はどこから来るのか。見た目の良さや安定感を生み出す機能や構造の設計情報が、媒体つまり原材料に転写されて500円で売られているわけです。つまり、付加価値は設計情報に宿る、ということになります。

 製品が作られる開発と生産のプロセスも、付加価値を担う設計情報の「流れ」です。まずは市場からアイデアを探し出し、機能設計し構造設計(製品設計)し、これを工程設計(金型や設備の設計)に翻訳し、最終的にはこれらの設計情報を金型の中に閉じ込めます。次にこの金型に、たとえば1000トンの圧力をかけて情報を材料(媒体)に転写して製品が出来上がります。この転写が生産です。そして消費者は購入した製品(構造)から機能を取り出して顧客満足を得ます。つまりモノの流れも大切ですが、より重要なのは設計情報の流れです。

 これは自動車製造でも観光業でも全く同じで、媒体が有形か無形の違いを別とすれば、基本的に同じフレームワークで分析できます。産業観光とはまさに産業と観光をどのように統合していくかという取り組みですから、産業と観光の両方に共通するこうしたフレームワークが必要だと考えています。

 たとえば、製品が自家用車であった場合、最終的に製品(構造)から付加価値(機能)を取り出すのは運転者自身であり、ここで行われている消費はセルフサービスによるものです。これがタクシーであれば、消費者は運転手にお金を払ってサービス(機能)だけを受け取ります。これがサービス業です。つまりセルフサービスなのか否かの違いはあっても、ものづくりの成果は最終的には全部サービスに収れんされます。

 製造業とサービス業の違いは、設計情報を転写する媒体の違いです。製造業ならば鉄板・鋼板の類やプラスチックといった有形で耐久的なものが媒体になります。これに対し、空気の振動(音)や電波といった無形の非耐久的な媒体を使うのが、対面接客や放送といったサービス業になります。また、有形でも非耐久的な媒体を使うのが食品などです。さらに無形でも耐久的な媒体を使うのがソフトウエアやコンテンツ、金融商品などとなります。いずれにしても優れた設計情報を良い流れで消費者に提供することが重要な点は変わらず、製造業でもサービス業でも共通です。ですから優秀なものづくりの現場はサービス業をやらせても上手に行うことができます。原理原則が同じだからです。

 本来、製造業とサービス業とは代替的な関係ではなく補完的な関係にあります。ですから、よく言われる「モノからコトへ」というのは物事がよく分かっていない人が言うことです。この2つは本来的に一体となって進歩していくべきもので、ものづくりと観光は知識連携を強化していくべきもの。観光地であれ産業都市であれその中心には、製造業的に見てもサービス業的に見ても良い拠点を作っていこうという総合的な判断のできる企業がなければならず、それがある地域は産業も観光も同時に栄えることができるはずです。

 広い意味でのものづくりは、モノを作ることではなくモノに「作り込む」ことです。作り込むのは設計者の思い。ここにはモノの設計者もサービスの設計者もシステムの設計者も含まれます。そういう形でサービス業とものづくりは一体となって頑張っていけるのです。

 先ほど申し上げた通り、現場とは付加価値を生み付加価値が流れる場所です。これは観光の現場もしかり。したがって「良い設計・良い流れ」というものづくりの原則は観光にも応用できます。日本型の「ものづくり」と「おもてなし」の基本的な発想は同じ。どちらも多能的な従業員のチームワークが重要であり、それは日本の産業現場の強みでもあります。この強みを生かして地域全体で面の観光を形作ること。観光施設やホテルなどの各拠点の「個の観光」と「面の観光」の両方を、「三方よし」の考え方を使って同時並行的に強くしていくこと。これをやりつつさらに工場などの産業の現場と通常の観光の現場の2つが面でつながっていく。これができている所が強い地域です。

観光アーキテクチャ選択の重要性

 観光地のアーキテクチャも製造業と同じく、クローズド型(囲い込み)のインテグラル(擦り合わせ)タイプ、クローズド型のモジュラータイプ、オープン型(業界標準)のモジュラータイプの3タイプがあります。クローズド・インテグラルに分類されるのが自己完結型の高級旅館、クローズド・モジュラー型はチェーン展開ホテルやディズニーランドのような複数展開の観光拠点です。そしてオープン・モジュラ―は面展開で成功している観光施設群、たとえば湯布院の街並みや京都の寺院集積がこれに当たります。

 このように物財だけでなく観光にもアーキテクチャが存在し、どのアーキテクチャ戦略を取るのかが観光地にとって重要なファクターになります。ディズニーランドのように個が強いクローズド・アーキテクチャの観光能力と、面の観光能力が求められるオープン・アーキテクチャの連結、この2つをどのようにつないでいくかが大切になり、そこに観光業、サービス業、製造業、農業等の産業を超えた相互の連携強化が大事になります。

 面の観光で成功しているのが、たとえば湯布院温泉や北川温泉です。旅館内で完結する点の観光に終わらせず、地域全体でのもてなしを強化することで面の観光に成功しました。一方で惜しいケースの例が堺や横浜です。堺は百舌鳥古墳群、堺商人、利休、金属製品など個の観光資源が素晴らしく、シマノ、クボタ、ダイキンといった強い産業現場も多いのですが、各資源がばらばらで見学可能な工場も少ない。その結果、面の観光が弱点になっています。

 横浜は東京・羽田空港から近いにもかかわらず人流はほとんど東京へ向かってしまいます。海外観光客には横浜のレトロ洋風な建築や中華街は日本的とはいえず求心力が弱い面があります。また、みなとみらい、中華街、山下公園、三渓園といった集客力のある地域はあっても、それらが散在してつながっておらず、面の観光が弱いのが現状です。

 これからは面の観光のアーキテクチャの中に観光農業や観光産業を効果的に取り込み、これによって産業の垣根を超えた地域全体の観光活性化と産業活性化の相乗効果を目指すことがより重要さを増していくことになるはずです。

ふじもと・たかひろ●1979年東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経てハーバード大学ビジネススクール博士号(D.B.A)取得。同大学ビジネススクール客員教授、上級研究員を経て、98年から東京大学大学院経済学研究科教授。2004年から東京大学ものづくり研究経営センター長。