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言霊信仰

2021年1月18日 8:00 AM

 新年を迎え年頭の所感が各所で発表されている。昨年は伸長を続けるインバウンドと東京五輪開催という好材料を根拠に観光業界の一層の飛躍を高らかに謳う内容が主流だったが、新型コロナの出現で明るい未来が希望的観測に変わってしまった今年はトーンが下がった話になっている。

 本来、ピンチの時ほどリーダーの力強いメッセージが求められるが、言葉の意味は伝わるが腹に少しも響いてこない話が多い。日本では政治家の所信表明含め、リーダーのメッセージが美辞麗句だらけで言葉が上滑りしている感が否めない。これはいまに始まったことではなく、昔から日本に名演説がないのだが、なぜだろうか。

 日本には「言霊」という言葉があるが、対応する英語が厳密には存在しない極めて日本的な言葉である。言霊とは「ある言葉を口にすると、その言葉の内容が実現する」という信憑を意味するが、大昔は東西問わず人が共通して信じていた。しかし、西洋では文明と科学の発達に伴い、言葉を記号的ツールとみなす認識へと変化したが、日本人はいまだに言霊を信じている。

 その証拠に、悪いことが起こりそうだと口にすると、「縁起でもないことを言うな!」と相手から責められることがある。また、日本では慶事で口にしてはいけない忌み言葉がたくさんある。結婚式で「終わる」「切る」という言葉が御法度というやつだ。さらには、家ではパパ・ママ、会社では社長・部長という具合に立場や肩書きで人の名前を呼び、直接名前を口にすることを避ける習慣も言霊の影響を受けている。

 このように、日本人は現在でも言霊を無意識に信じている。それならば、常日頃から威勢のよいことばかり口にする習慣が根付けばよいのだが、「こう言えば、こうなる」よりも「こう言わなければ、こうならない」という災いを回避する方向で言葉づかいを考える傾向が強い。過去を振り返ると、侵略を進出といい、戦闘を事変といい、敗戦を終戦などと言い替えてきた。最近では、ヘイトスピーチが問題になることが多いが、表現を変えれば問題が解決するというように考えるのは、極めて言霊的な思考方法である。

 同じことが経営者の言葉づかいにも現れる。売り上げが伸びる・利益が増えるという前向きな表現を力強く語ることは得意だが、最悪の事態を想定したコンティンジェンシープランの検討は、口にもしたくないし、とことん視野から追い出そうとしてはいないだろうか。コロナ禍という事態を前にして、戦略を練り内外にメッセージを発信するにあたっては、自らが言霊信仰を持つ日本人であることを意識して、口にしたくない言葉を排除せずに中心に据えるという変化が必要だろう。

 とは言うものの、生粋の日本人である私の書く本コラムも言霊の影響を受けて言葉が上滑りしているという自覚があることを最後にお伝えしておく。

清水泰志●ワイズエッジ代表取締役。慶應義塾大学卒業後、アーサーアンダーセン&カンパニー(現アクセンチュア)入社。事業会社経営者を経て、企業再生および企業のブランド価値を高めるコンサルティング会社として、ワイズエッジとアスピレスを設立。