ブランディングデザイナーの西澤明洋氏が語る世界自然遺産の新しい魅せ方

2020.11.09 00:00

東京都と東京観光財団は10月13日、世界自然遺産観光振興シンポジウム2020をオンライン開催した。世界自然遺産が持つウィズコロナ時代の付加価値について考える同シンポジウムでは、「旅行会社と考える世界自然遺産の新しい魅せ方」をテーマにブランディングデザイナーの西澤明洋氏(エイトブランディングデザイン代表)が基調講演を行った。

 地域の魅力的なコンテンツは、ブランディングを通じて世界に羽ばたかせることができます。では、そのような力を備えているブランディングとは何でしょう。僕は15年前にブランディングデザイン専門の会社を立ち上げましたが、当時は「どんな洋服を作っている会社?それともバッグ?」と勘違いされることが多く、ブランドとはイコール高級品というイメージが一般的でした。しかし政府がジャパンブランドを唱え始めた頃から風向きが変わり、ここ4~5年は徐々にブランディングに対する理解が浸透してきたと感じています。

 エイトブランディングデザインはこれまで、幅広い分野のブランディングデザインを手掛けています。たとえば川越のコエドブルワリーのクラフトビール「COEDO」、少し変わった分野では博多の「警固神社」のブランディングにも携わりました。

 ブランドの語源は家畜を区別するための「焼き印」から来ており、もともと他と「区別」することを目的としています。ブランディングの歴史を振り返ると、昔はファッション系の高級ブランドが目立つロゴマークを商品に付けることで他との区別を明確にし、1980年代から90年代にかけてはCI(コーポレートアイデンティティー)ブームが起きて企業全般がブランドロゴを意識するようになりました。しかし、ロゴマークを目立たせる程度で区別化が機能したのは世の中が上向きの状態にあるバブル期だったからです。その後、バブルが崩壊して不況の時代になると、それだけでは機能しなくなりました。ましてコロナ禍の時代はロゴマークによる区別くらいでは通用しません。

 ブランディングに関して受ける相談で最も多いのは「良い商品なのに売れない」「魅力があるのに人が来ない」といった内容です。「世界遺産があるのに人が来ない」という悩みを抱えた地域もあるでしょう。こうした相談の問題点を少し解像度を上げて見てみると、ブランディングのプロジェクトをマーケティングと混同してしまっているという問題が見えてきます。実はそうしたケースは少なくありません。ここを混同したままだと、ブランディングがマーケティング的になってしまい短期的な販促活動と変わらなくなってしまうこともあります。

 マーケティングとブランディングは、手法は似ていますが根っこが違います。マーケティングはいわば売るゲームで、いかによく売るかを考えます。たとえば1本100円のミネラルウオーターのペットボトルを売れるようにするにはどうすればよいか?「80円に値下げする」「商品を置く位置を棚の奥から手前に持ってくる」「そもそも水を美味しくする」「お客を増やすためチラシを配る」などの方法が考えられますが、これらはすべてマーケティング的手法で、目的はあくまでいかに「売る」かです。

 ブランディングも結果として売れることにつながりますが、目的はあくまで他との差異化。そして、「伝える」ことです。そこが混同されがちなマーケティングとブランディングの最大の違いです。ブランディングの定義をまとめると、「商品、サービスもしくは企業の全体としてのイメージに一定の方向性をつくり出すことで他社と差異化すること」となります。

ブランディングは伝言ゲーム

 他とはどう違うかを正しく伝えることを目的とするブランディングは伝言ゲームに似ています。いまの世の中は一方的に伝える広告ではブランディングを行う効果が薄いのが特徴です。特にインターネットが普及した2000年代以降はテレビや広告などの一方通行のメディアより、双方向性を持ったSNSで人から人へと情報が伝わることがブランディングには有効です。一方通行のマス広告は信頼されず、消費者は自分が信頼を置く誰かが発信する情報を支持し影響されます。

 地域の魅力を発信する際にも一方的では伝わりません。一度来てくれた人が「いいね!」と推してくれることが重要で、その方が伝言ゲームはうまく機能し、結果的により多くの人に来てもらえるようになります。マーケティングは大切ですが、手順の問題としてまずは魅力をどうやって伝えるかをきっちり考えるべきです。

 ブランディングデザインに必要な要素は、トップの熱い思い、良いモノ、コミュニケーションチームの3つです。これはマーケティングとは異なる要素です。極端に言うと、売ることが目的であるマーケティングは、たとえば何でも売ってしまう凄腕セールスマンがいれば、それだけで事は足りるともいえますが、ブランディングは違います。まず熱い思いが不可欠。伝言ゲームを一番最初に始めるトップが「ぜひ、うちの魅力を知ってもらいたい」と心の底から思っていないと、強いブランドをつくることはできません。

 そのうえで良いモノがなくてはなりません。ですが、良いモノがあればその良さが勝手に伝わると考えるのは間違いです。伝えるには人が関わることが必要です。意外と盲点になりがちなのがコミュニケーションチーム。しっかり伝えるためのチームをつくり、コミュニケーションを強化することが肝心です。

 ここで、ブランディングデザインを経営に生かしていくための思考フレーム「ブランディングデザインの三階層」を説明します。ブランディングデザインには3つの階層があり階層ごとに説明すると、一番下が(C)コミュニケーション。ロゴを作ったり、パッケージを考案したり、ウェブ展開や広告など、お客さまとブランドのタッチポイントになるデザインに横串を刺して、トータルデザインする仕事です。

 次が(C)コンテンツで、ブランドの中核をなすプロダクトやサービスそのものです。他にない魅力あるコンテンツを生み出すことはもちろん、ここでもデザインに一貫性を通しトータルデザインを行うことが必要です。

 最上位の階層にあるのが(M)マネジメント。(M)マネジメントの階層でしっかり(C)コンテンツを生み出す背景となるブランド戦略の考え方を整えなくてはなりません。この3階層には明確に順位があり、ブランディングデザインにおける影響力、すなわち「差異化の持続性の長さ」という意味において、上から(M)、(C)、(C)という階層順になっています。歴史的な遺産など大きな魅力を持つ地域では、とにかく(C)コンテンツの魅力が大事だという段階で頭が固まってしまう人が多くいます。しかし(C)と(C)の上位に(M)があることを理解しないとブランディングデザインは進まない。(C)と(C)だけではうまくいきません。そして、ブランディングデザインにおいてとても重要なのが(M)(C)(C)に縦軸を通すこと。ビジネスとしての一貫性をきちんとデザインしていくことが大切です。

河口湖うぶやのリブランディング

 ブランディングデザインについて具体的な事例で説明します。河口湖にある高級温泉旅館「うぶや」のリニューアルに伴うリブランディングです。うぶやはリニューアル前から、全客室や温泉から富士山と河口湖を一望できる絶好のロケーションが好評で、インバウンド需要の拡大、サービスの良さも奏功し人気を博していました。しかし旅館からの絶景は素晴らしいものの、長期的に好調を維持するにはあらためて他との差異化を明確にする必要性がありました。そこで現状を見直した結果、自社オリジナルサービスの未確立が課題に挙げられました。

 リブランディングに際して、ブランディングデザインのポイントとなる要素を探した結果、ファミリー客が多く、家族でのお祝いごとに使われることも多いという客層の特徴に着目しました。そこでブランディングデザインの核として、人生のお祝いを起点に、「癒す」「食べる」「祝う」「おもいで」の側面から富士づくしのサービスを行う宿というプランで、「人生を祝う」をブランドコンセプトに立てました。もともと、うぶやではファミリー客向けのサービスを磨いてきており、きちんとしていながらお茶目さも備えたスタッフのサービス精神に定評があった強みも生かせるという読みもありました。うぶやを単に宿泊する施設とするのではなく、還暦や結婚記念日など宿泊客の「人生を祝う」体験の提供に特化した旅館へリブランディングしたわけです。

 まずはブランドコンセプトを定め、「人生を祝う――うぶやは、人生をお祝いする宿です」で始まるステイトメントを対外的メッセージとして全面的に打ち出しました。ロゴマークもうぶやの真ん中に位置する「ぶ」の文字を富士山が想起される新しいデザインに一新し、シンボルマークとしてツール類に展開させ、ブランド全体で雰囲気を統一。新しく企画したオリジナルのくす玉やコスチュームなどのお祝いツール、インテリアグラフィックやウェブなどにも富士山を題材にしたデザインを取り入れて全体をトータルにデザインし直しました。

 ターゲットは子供、親、祖父母の3世代需要です。お祝いのために集まった3世代が十分に楽しむことができ、満足度を高めて帰り、次もリピートしてくれる。そういう循環を目指しました。結果的にリブランディングは成功し、河口湖にある旅館カテゴリーで消費者評価の上位を獲得できています。業績的にも国内客を取り込み好調です。

 ブランディングはコンテンツだけでは成り立ちません。良いモノさえあればそれでよしではなく、その良さを伝えて差異化を明確にする仕組みが欠かせないことを理解してください。その仕組みを実際の形に落とし込む。しかし最後にそれを実行するのは内部の人たちです。結局はその人たちの約束と生きざまが反映されるのがブランディングです。自分たちが何をしたいのか、何を提供したいのか、言語化して外に対して約束する。何となく「良いモノがありますよ」と提示するのでなく、きちんと筋道を立てて発信し、約束を実行する。その生きざまがブランディングとなっていくのです。

 「ブランディングデザインで日本を元気にする」。ブランディングにはそれができる力があると考えています。現在はコロナ禍で皆が元気をなくしていますが、ブランディングを通じてお客さまの一人一人を元気づける。それが日本全体を元気にすることにつながると信じています。

にしざわ・あきひろ●1976年滋賀県生まれ。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド開発、商品開発等の幅広いジャンルのデザイン活動を行う。グッドデザイン賞をはじめ国内外100以上の賞を受賞。

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