Travel Journal Online

差別化戦略としての感染症対策

2020年11月9日 8:00 AM

 GoToトラベルキャンペーン効果により各地の宿泊施設はもとより、地域共通クーポンの恩恵を受ける土産物屋や飲食店も息を吹き返し始めている。コロナ禍により需要が枯渇していた業界にとっては久しぶりの慈雨の恵みとなっている。自治体の独自割引支援策やGoToイートキャンペーンの開始も相まって、業界に笑顔が戻ってきた。

 キャンペーンを利用して数度プライベートで旅してみたが、どの宿や店の現場のスタッフの表情も明るく元気だ。その一方で特需に沸く店と、いまなお閑古鳥の鳴く店(すでに廃業した店も多い)との乖離も見えてきた。割引額の大きな高級宿に需要が集中して安宿の人気が低迷したこともその一因ではある(是正措置として割引上限額引き下げなども検討されている)。だが、それだけが明暗を分けているのではない。コロナ禍は実はもう1つの大きな勝敗の分かれ目をサービス産業界にもたらしている。

 それは感染症対策において「本気の店」と「義務として最低限のことのみをやっている店」の差が生み出した格差である。実際、卑近な例だが、夏前に出かけて感染症対策のずさんさに強い不安を感じた飲食店の前を最近通りかかった際、店の表戸にはすでに廃業の知らせが貼られていた。他方、コロナ禍の中で大改装が施され、改装後に驚くほど3密回避策が設備面も含め徹底された店は、いまや大繁盛店となっていた。

 先日、覆面調査分野で国内最大手のMS&Consultingから興味深い資料をみせてもらった。覆面調査とは、登録された調査員(消費者)がお店を利用し、その店舗の従業員のサービスや商品(料理等)の質・清掃の品質などを顧客の視点で秘密裏に調査することである。通常、ミステリーショッパーと呼ばれる。世界的に有名な覆面調査はレストランガイドのミシュランである。星の査定は覆面調査員が密かに行い、店舗側は誰が点数をつけているかは分からない。

 MS&Consultingがコロナ禍前の19年に実施した覆面調査によると、通常時の外食の店の「必ずまた来たい(再来店意思)」の年間獲得率は平均37.7%だった。ところが今年8月の調査では、感染症対策の度合い(3段階)に応じて再来店意思の獲得に大きく偏差があった。感染症対策において「非常に安心」と答えた人の再来店意思の獲得は53.3%と高く、「問題なし」と答えた人の再来店意思の獲得は28.9%、「不安」と答えた人の再来店意思の獲得は13.7%にとどまったというのだ。

 興味をもったのはそれぞれの今夏の再来店意思の獲得率と、昨年の年間平均の獲得率との差異である。とりわけ中位の「問題なし」と答えた人の再来店の獲得率の28.9%と、前年平均の37.7%の差異に注目した。

 上述したようなウィズコロナ時代において、店舗の盛衰は感染症対策への取り組み方によって分別されるのではないかという私の直感的な仮説が客観的データによって裏打ちされた。まさに今夏「問題なし」、つまり感染症対策に及第点をもらっている店の再来店獲得率は、去年の外食の店全体の再来店獲得率と比較して8.8ポイントも下落している。

 感染症対策を「うちは従業員の健康チェック、店頭の消毒液設置、咳エチケット等、基本をちゃんとやっていますよ」というような、単に義務として取り組んでいる店に未来はない。感染症対策は義務ではなく、むしろ再来店獲得競争におけるライバル店との差別化戦略の肝で、好機と捉えるべきだ。いままさに発想の大転換が求められている。

中村好明●日本インバウンド連合会(JIF)理事長。1963年生まれ。ドン・キホーテ(現PPIHグループ)傘下のジャパンインバウンドソリューションズ社長を経て、現在JIF理事長として官民のインバウンド振興支援に従事。ハリウッド大学大学院客員教授、全国免税店協会副会長。