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とびだすカエル

2020年10月19日 8:00 AM

 10月1日、来年4月入社の新入社員の内定式を行った。人事担当者に言わせるとやはり今年の採用は全く勝手が違ったそうで、オンライン面接で職業観をうかがい知るのはかなりの苦労だったそうだ。もっとも、学生はもっと大変だったことだろう。面前で自分自身をアピールする機会がないなかで、目立とうにもPCの画面から外れた姿は映しようがない。

 最近の採用活動の前哨戦でもあるインターンシップも様変わりし、課題を与えてそれに取り組み発表するプロセスのすべてがオンライン。学生からすれば、インターンの本質は会社の生の姿と雰囲気に触れて感じることに意味があるはずだが、その機会を与えることができなかった。もっとも、会社に来てみたとしても半数以下の社員しか出社していないがらんとした状況でリアルな企業の姿からほど遠い状況だからやむを得ない。

 だからこそ内定式は対面にし、1時間ほど企業と会社、そして未来について私の話を聞いてもらった。オーディエンスがワクワクしているかどうか把握できない役者のような感覚を味わってきた半年間。リアルに話ができる喜びは格別だし、マスクの後ろに伺える緊張感の中にも期待に満ちあふれた顔を見て少し安心した。

 今年の新入社員はさらにかわいそうだ。そもそも入社式からしてオンライン。集合研修もできず、テキストを使った自習が続く日々。われわれの仕事のほとんどはお客さまのところに伺い、課題を聞きそれに対する解決策を提案するビジネス。現場配属後もOJTのほとんどが実務の中にしかないなかで、お客さまから呼ばれもしない営業マンが新入社員に教える仕事などあるわけがない。週にわずかのオンラインでの定期的な会議や打ち合わせの時に自分の所属と仲間を感じるだけ。社会とは、企業とは、仕事とは、一番重要なことを教えてあげられない悶々さは多かれ少なかれ誰もが味わっているだろう。

 もっともこの半年のメリットも多い。そもそも全社員携帯型PCでどこでも仕事ができるようにしてあった当社ではリモートワークは早期に浸透した。定例会議はオンラインになり、地方拠点からわざわざ出張する必要はなくなった。会議で私が伝える話はすべて動画化され、上意下達的伝言ゲームで話がねじ曲がったり端折られたりすることはなく、いつでも全社員が閲覧可能になった。各セクションが行う新商品や業界トレンド、新しいビジネスなどに関する社内ウェビナーが定例化されこれまで約20回開催、多くの社員が視聴している。この他にもこれまでの業務範囲にとらわれないさまざまなことに知恵を絞る社員が現れ、いくつか実を結びそうだ。

 このままではいけない、そう思いながらも長く続いていた惰性の習慣が、誰も勝者になれないこの危機の中で崩れていく。じわじわと温度を上げていることに気づかずやがてゆだってしまう「ゆでガエル」の理論を思い起こす。これだけの危機を危機と感じず、まだぬくぬくとゆだっている人はそんなにはいないだろう。いまはみんなが飛(と)び出(だ)すカエルのはずだ。ただ、危機への対処が目先のことに終始するか、少し先を見て手を打っているかで結果が大きく異なる。いまの自分だけ乗り切ろうとしてはいないか。将来を託す人に対する備えは十分か。遠くへ飛ぼうとしているか。

 再び人と人が自由に会い、じっくりと話をしてマスクもせずに笑いあう日は遠からずやって来る。その時、かつて私たちが持っていた感覚は取り戻せるのだろうか。そのトレーニングを受けていない新入社員たちは持ちえていないものをどう力として発揮するのだろう。そろそろ目をかけてやらないと。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。