Travel Journal Online

ワーケーション振興への期待

2020年10月12日 8:00 AM

 数年前、関西の大手企業の知人に、「今度沖縄に出張するが、日帰りの弾丸出張なんだ」と愚痴られた。「なぜ、日帰りなの?」と思わず問うた。「リゾート地の沖縄に泊まると部内のやっかみに遭う」からというのだ。「どうせ、本当は遊びがメインだろう。遊びのために会社のカネで出張かよ」というような社内の陰口が気になるから無理してでも日帰りにせざるを得ないという。驚いた。いまは状況が変化しているかもしれないが、日本の出張文化を端的に表す典型例と思えて、いまなお鮮やかにこの会話を思い出す。大阪から沖縄まで片道2時間強、往復5時間。宿泊したほうがよほど生産性の高い現地活動ができそうだ。

 これは少し極端な事例かもしれないが、出張時の公私のけじめについて日本は過度に厳格な傾向がある。一方、米国のある著名な観光学の教授から聞いた話は真逆だった。米国では部下に有給休暇を適切に消化させられるかどうかは部門長の重要な任務で、チームの有給消化率が低いと管理者として部門長の評価がマイナスにさえなる(リーダーの日頃のチームマネジメントが悪いから、部下に有給休暇を取らせられていないものと経営層からみなされる)。

 それゆえ、出張時には上司が部下に「せっかくの業務出張だから家族を出張先に呼んで有給休暇を取ってのんびりしてきたら」と提案することも多いという。この文化こそが米国がMICE大国となっている要因にさえなっているそうだ。とりわけインセンティブ系の出張や研修旅行は各企業にとっては従業員等のモチベーションアップの重要施策だ(優績者はたいがい夫婦単位で招待される)。会社の費用負担で出張し、ついでに有給休暇を消化して現地で家族旅行を楽しんでもらうことは、会社にとっても(従業員側にとっても)オールハッピーというのだ。実に合理的で魅力的な文化である。

 時にこのコロナ禍によって、日本でもワーケーションという言葉が知られるようになった。実際、菅義偉首相が官房長官時代の8月のネット上の番組でワーケーション振興に意欲を示す発言をしたことも話題となった。ワーケーションとは、ワーク(仕事)とバケーション(長期休暇)を掛け合わせた米国発の造語だ。全国65の自治体で構成された推進協議会も昨年コロナ禍前に生まれている。すでにリモートワークは国内でも一般化しつつり、旅先でのそれにも抵抗感は薄らいでいる。GoToトラベルキャンペーンの後押しもあり、国内旅行はやや息を吹き返しつつあるものの、不要不急の出張はいまなお敬遠されている。

 リモートワークは通勤地獄からの解放をもたらす一方、従来自宅内での勤務を想定していない日本の狭小な住宅事情にあっては家族のストレス源にもなっている。ワーカー本人にとっても、オンとオフの切り替えが難しい勤務体制でもある。ワーケーションはそうした閉塞した在宅の勤務環境に風穴を開け、労働者の心身のウェルネス向上と改善に寄与するとともに、コロナ禍によって疲弊した全国各地の観光地等の観光需要創出の起爆剤にもなりうる。

 平日の需要を生むワーケーションに期待するのは、相変わらず低いわが国の有給休暇取得率の改善と共に、週末や子供の長期休暇期間に一極集中する観光宿泊需要の平準化効果だ。そして何より、ワーケーションには冒頭で述べた国内の出張に関わるネガティブな不文律を壊す効果を期待したい。そして民間側に加え、自治体やDMOにはより一層の域内のワーケーション誘致施策を求めたい。商機は無限にある(ちなみに本稿は海の見える旅先の部屋で書き上げた)。

中村好明●日本インバウンド連合会(JIF)理事長。1963年生まれ。ドン・キホーテ(現PPIHグループ)傘下のジャパンインバウンドソリューションズ社長を経て、現在JIF理事長として官民のインバウンド振興支援に従事。ハリウッド大学大学院客員教授、全国免税店協会副会長。