松本大学の佐藤博康名誉教授が語るアフターコロナの訪日旅行

2020.10.05 00:00

JATA(日本旅行業協会)は8月25日に訪日旅行のウェブセミナーを開催し、アフターコロナを迎える準備、新しい訪日観光客の受け入れ態勢について関係者が講演した。同セミナーから「アフターコロナの訪日旅行」をテーマにした松本大学の佐藤博康名誉教授の講演の模様を採録する。

 人類は旅と共に生き、移動しつつ文明を伝え、社会を築いてきました。常にその障害となったのが自然災害や疫病でしたが、人類はそれを克服し旅を続け発展してきました。現在は新型コロナウイルスにより分断され茫然と立ちすくんでいるように見える人類も、やがて立ち上がると信じていますし、その兆候が表れてもいます。しかしコロナの影響を過小評価することはできませんし、旅のあり方は大きく変わっていくと思われます。

 まずコロナのパンデミックは世界共通であると理解しなければなりません。日本だけでなく世界中の国々の観光関連事業者が困難に直面しているなか、自分たちに何ができるか、日本から何を提案できるかを考えてみることが重要です。このような状況のもとでは誤解が生まれがちですが、正しい理解とぶれない目線を手に入れるには、現実を受け入れ、環境に合わせて自らを適応させていく努力が必要です。嫌々適応するのでなく、進んで事業に生かしていくことが成功の必須条件となります。

 時代の流れを振り返ると、旅行商品は大量生産・大量消費から個人・小グループ向けに変化してきましたが消費者にとってみれば、提供された商品の中から選択するという受け身の流れは長く変わりませんでした。その後、インターネットやITの発展で個人がイニシアチブを持ち自立した個人が自由に旅する背景が生まれ、旅行会社の役割も商品を造成し販売するという一方通行から、一人一人の旅行者をプロの目線で支えるアドバイザーの機能が問われるように変わっています。米国の旅行業者団体ASTAの「TA」はトラベルエージェントの省略でしたが、最近ではトラベルアドバイザーと名称変更されたことが象徴的です。

 旅行会社には、コロナ禍の状況でもめげずに旅に出る新たな意味、それでも旅に出たくなる高品質な旅の意義を伝えていく役割が加わりました。

自らを見つめ直す機会に

 日本のインバウンド市場は11年を境に、その後一気に成長。19年には訪日旅行者が3188万人に達しました。訪日旅行者の消費額も年々増加し約5兆円まで拡大。波及効果も含めれば10兆円超の経済効果と推定されます。これだけの成長が十数年で一気に起きたわけです。ところが自然からの反撃がコロナの形で現れました。

 ここでわれわれは、自分たちが行ってきた事業とは何だったのか、何のために事業に参加していたのかを見直し、事業の基盤となる条件は何だったのか考え直す時期に来ています。そのうえで、これまでの成長や成功体験は忘れるべきです。交流と人的ネットワークの重要性を確認し、コロナの脅威と闘うには人間の英知、とりわけ我慢し助け合いに基づく信頼関係を保つことが大切です。

 コロナ時代に消費者を旅行に出かけさせる、あるいは旅行に来てもらうための要件は大きく3つあります。第1にグローバルセーフツーリズムの時代という認識。つまり旅行者と従業員を守るための徹底したガイドラインに基づく安全で安心な旅の実践。第2にいざという時に対応できる知識と行動力とネットワークの確保です。そして第3に水際対策を徹底するCIQの見直しです。

 旅行会社の経営には変革が求められます。仕事の形が変化しリモートワークやステイケーションへの対応、キャッシュレス決済対応やAI活用なども求められます。旅行商品にもその流通にも接触を避ける対応が必要で、結果として売り上げが減っても利益を保てる工夫、3密回避のコンテンツを作り上げることも重要です。観光の価値観として何より命が大切である点を再確認したうえで改革に取り組まねばなりません。

 求められる新しい旅の要素とは何でしょう。まずは消費者の信頼回復です。ソーシャルディスタンスの確保、衛生管理・体調管理の徹底、旅行の少人数化への対応、国際会議におけるパーテーションやフェースマスクの重要性の確認、インセンティブにおいては究極の個人体験を提案できる力が求められます。これらは新しい旅行の価値観の誕生につながります。

 安心・健康、平和・安全が観光の条件で、人と人との交流が人類を救うという価値観の大切さが共有されるはずです。また受け入れ側の地域との意識共有と相互理解がなければインバウンドは成立しません。こうした認識を拡大するための旅のあり方は、かつての安・近・短ならぬ、「安全」「健康」「ソーシャルディスタンス」の安・健・疎です。

 日本のインバウンドに関していえば、日本らしいコロナ対策を徹底することで、旅する価値がある日本、旅行可能な日本を訴えられるでしょう。日本の得意なおもてなしを可視化すればこうなるという中身を示すことです。誰の目線で考えるかも重要です。つい健康な成人の目線になりがちですが、クライアントの中には高齢者や持病を抱える者もいるし、妊婦や障害者のような社会的弱者も多く含まれます。そうした人々が受け入れ側の地域に存在することも忘れてはなりません。

 さらに万が一の事態に対処できる十分な準備。地域の医療機関の把握、医療機関への手配の流れの確認などが重要で、できれば事前にドリル(訓練)を体験しておくことが重要です。

コロナ後のビジネスの可能性

 コロナ禍の状況下で、どのような旅行提案が可能なのか。究極の個人またはスモールグループに対する体験コンテンツの提案が有力です。高価でも、より良い旅行が求められ、充実した体験ができ3密を回避し、満足感と充足感を達成できるコンテンツ。たとえば人数制限付きの体験や大声を出さない環境での体験、スピリチュアル&ヘルシーな体験などが考えられます。

 観光資源については、費用が多少高くても参加したい旅行の観点で見直すべきです。たとえば心と体に安らぎをもたらし免疫力をアップする観光や、ヘルスツーリズムやエコツーリズムを含む広い意味でのウエルネスツーリズム。具体的には個室温泉、カーキャンプ、無人島体験などが挙げられます。ウエルネスツーリズムはコロナ禍以前に世界で4.5兆ドルの市場規模がありましたが、コロナ危機後はさらなる市場拡大が予想されます。

 ウエルネスツーリズム協会の報告書で、最も市場拡大の可能性がある筆頭に挙げられたのが日本で、「J-Wellness」と紹介されています。日本の健康・安全志向や温泉文化、高い衛生観念、食文化などが注目を集めるようになりました。日本にはウエルネスツーリズムの素材が豊富にあります。

 テーマのある観光例として星空観光を中心とする宙(そら)ツーリズム、サイクリングツーリズム、巡礼ツーリズム、アニメツーリズム、ロケ地ツーリズム、酒蔵ツーリズム、ガストロノミーツーリズム、エコツーリズムの振興も有望です。

 究極の個を実現するためオンラインやリモートイベントの商品化も課題ですが、そのためにはビジネススキルを持ったコーディネーターが必要で人材開発やスキルアップが求められます。

ニューノーマルから切り拓く時代

 コロナ時代の旅行業に求められるのは、まずはクライアントを守り自分も守る安全第一の構え。そのために受け入れ施設やサービスの詳細を把握することが重要で、ビジネス再開の折には旅行業者としてコロナ情報を入手したうえで、ある程度の医科学的知識も必要になります。自粛期間中に準備しておくべきことは数多くあります。

 インバウンド事業者としては、送り出し側のコロナ管理状況や世界のガイドラインの把握、送り出し側のニューノーマルの状況にも通じておく必要があります。ユーチューブなども現地の最新状況を把握するのに役立ちます。旅行保険やキャンセル費用対応も考えておくべきでしょう。

 ビジネス再開前の取り組みとして、オンラインによる情報発信も重要です。海外の事業者に日本の状況を正しく伝え、受け入れ状況の詳細を説明し、日本観光の明るい可能性を感じてもらえる動画の発信も求められます。

 「コロナ禍後にどこへ行きたいか」といった調査では世界の旅行者が日本に注目しているとの結果が出ています。しかし各国が国境を開け旅行が再開されるまでに2~3年はかかり24年まで待たねばならないとの見方もあります。当面は感染が収束しつつある中国や台湾、ベトナム、タイ、韓国やオセアニアの国々との交流が中心となり、旅行会社は組織改編や人員配置換えが必要です。

 忘れてならないのは、コロナはグルーバルな問題でいまも流行中であること。世界中の国々の観光が厳しい状況に直面し、皆が必死に取り組んでおり、海外の事業者たちと連帯し協働し、アイデアを共有しながら克服していかねばならない点です。世界とのコミュニケーションを強化し、日本の存在感を高めることが、日本の旅行業界のレジリエンス、腕の見せどころであると信じています。

 新型コロナウイルス以外にも感染症の脅威は存在し、10年に1度のペースで疫病禍に襲われます。シンガポールではデング熱が流行、世界ではハシカも流行しています。SARSやMERSもありました。疫病の他にも地球温暖化や豪雨などの気候変動、紛争、ナショナリズムの台頭など渡航の自由が脅かされる要因は尽きません。コロナ克服の知恵は多くの困難に対処する業界の協力体制作り、地域と業界の連携作り、そしてサステナブルな環境を生み出すための必須条件となるでしょう。

 アフターコロナの訪日旅行は19年以前に戻るのではなく、次の時代を切り拓きニューノーマルに適応した全く新しいインバウンド時代を創り出すことでなければなりません。観光業界で働くことの価値を見いだし、訪日旅行の新たな価値を創り、より高品質な旅の提供を可能にしていくことが極めて重要なことだと思っています。

さとう・ひろやす●1974年国際観光振興会(JNTO、現・国際観光振興機構)入会。外国人旅行者受け入れ対策事業や東アジア地域観光振興の担当およびシカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス事務所に勤務。98年静岡精華短期大学助教授、2003年から松本大学教授、16年から現職。米国公認トラベルカウンセラー(CTC)。

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