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『孤島の祈り』 極限にある人間の本質浮き彫りに

2020年9月28日 12:00 AM

イザベル・オティシエ著/橘明美訳/集英社刊/2000円+税

 そんなジャンルがあるか知らないが、「遭難もの」が好きだ。『ロビンソン・クルーソー』『恐るべき空白』『エンデュアランス号漂流記』、映画だと『キャスト・アウェイ』『八甲田山』……。人間の本性が現れていくさまや、自然との闘いはドラマチックで夢中になる。

 今回ご紹介するのも遭難ものということで手に取った小説だ。舞台はパタゴニア近くの無人島。刺激を求めヨットの旅に出た30代の夫婦が主人公だ。明るく楽天的なリュドヴィック、内向的で慎重なルイーズは仲のいい夫婦で、旅も期待どおりの楽しさに満ちていた。だが途中、上陸した無人島で嵐に見舞われ、船が流されてしまう。

 氷河、ペンギン、アザラシ。観光客の目で眺めていた美しい大自然は、敵、そして食料となった。上陸が許されていない島なのでクルーズ船や漁船による発見も望み薄だし、日帰りのつもりだったので超軽装。この状況下、ごく普通の夫婦は生き残れるのか?

 自然の描写が細かくてリアル……と思ったら、著者は単独ヨット世界一周も達成した海洋冒険家。2人は必死で寝床を確保し、ペンギンを食らい、水をくむ。極限の生活と先の見えない恐怖、飢えが夫婦を追い詰め、むしばみ、互いの本質を浮き彫りにしていく。

 遭難ものが好きといいながらグロ表現が苦手なので、もしあっち系(察してください)の流れになったらやだな、と思ってたのだが、そうはならなかった。

 だが、逆にもっとシビアというか、生死の境に立ったとき人は何を思うのか、愛情は人を助けるのか、人の本質を問いかける物語だった。自分ならどうするか、何度も考えさせられ、自分を見つめ直したくなった。ちょっと自省的な気分になりがちな社会情勢の今ならなお、響いてくる遭難小説だ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。